「うすらひ」〜建国記念日に〜
おはようございます。
今日も“和のたしな美塾”®から
たしな美人「和の雑学」をお届けいたします。♡
うすらひや わずかに咲ける 芹の花 (宝井其角)
東京もまだ路上の脇には先日の雪が残っています。
薄ら寒く、うすうすと氷が張るのを見かけます。
芹の花を見ることはできませんが、
嬉しいことに、沈丁花が雪の中でも蕾をのぞかせ始めました。
「うすらひ」は「薄ら氷」のことで、春先の薄氷のことです。
「はくひょう」とか「うすらい」といいます。
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写真:埼玉県日高市の 高麗神社にて
昭和41年に国民の祝日となった「建国記念日」の昨日。
いかがお過ごしでしたか。
この日は、「紀元節」といわれ、
「梅花節」「梅佳節」ともいわれてきました。
「紀元節」は、「四方拝」「天長節」「明治節」とともに、
四大節として祝されました。
神武天皇が即位した日を太陽暦に換算した日です。
「日本書紀」に書かれています。
戦後さまざまな論議を呼んだのですが、昭和41年に国民の祝日に復活しました。
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写真:さいたま市武蔵一宮氷川神社にて
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「日本」という国号は、『大宝律令』(701年)に正式な国号として記録されてたようです。
この国号については、また次回にお話します。
本日もお読みくださいまして、ありがとうございました。
暖かくしてお過ごしくださいませ。
写真:埼玉県川越市氷川神社にて
春雪
おはようございます。
袖に来て 遊び消ゆるや 春の雪 (高浜虚子)
日本海側と違って、太平洋側では冬は晴れの日が多いため、
むしろ雪は春先になって降ることが多いといわれています。
今回の雪は、約半世紀ぶりの積雪だったようです。
私も友人の快いもてなしを受けて、無事に家までたどり着くことができました。
励ましのお言葉をありがとうございました。
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この春先の雪を
「春雪」
「春吹雪」
というのですね。
気温が高くなっているために淡雪になることが多いのです。
「桜田門外の変」や「二・二六事件」のときの春の雪が有名ですね。
今週も寒さが厳しいと思われます。
暖かくしてお過ごしください。
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梅見を楽しんだ万葉人
皆様、おはようございます。
昨日は東京はぼた雪が舞い散りました。
そんな中で梅の香しい香りが、何とも言えない雰囲気を醸し出していました。
雪や冷たい雨に打たれても、春を拓くと言われている花です。
二月は「梅見月」とも呼ばれます。
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梅は、遣唐使が派遣された奈良時代に中国から日本に伝わりました。
当時は、とても珍しい花だったのです。
当時の日本の万葉人にとっては、中国はモダンで憧れの文化を持つ国でした。
唐代の中国では、西域の文化を受容しながら、のびやかな文化が発達していたのです。
万葉人には、中国伝来の梅にも特別な思い入れがあったことでしょう。
そのせいか、「万葉集」には梅の花が約百二十首も詠まれています。
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当時太宰府長官だった万葉の歌人・大伴旅人(おおとものたびと)は、
730年の旧暦正月十三日に、自邸に三十数人の万葉歌人を招いて、「梅見の宴」を催しました。
その中には、小野老(おののおゆ)、沙弥満誓(さみまんせい)、
山上憶良(やまのうえおくら)もいたそうです。
外国への玄関口であった大宰府長官の玄関先に、当時としては珍しいエキゾチックな梅の木が植えられていました。
招かれた太宰府の官僚や国司らは、どんなにか心躍る思いだったことでしょう。
そこで大伴旅人(おおとものたびと)が詠んだ歌です。
「我が苑(その)に 梅の花散る ひさかたの
天(あめ)より雪の ながれくるかも」
「万葉集」第五巻
わが庭に梅の花が舞い散る。
それはまるで天から雪が流れて落ちてくるようだ。
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梅花の落ちるさまを「天より雪の流れ来る」と表現したのですね。
ぼた雪が舞い散る昨日の東京。
雪が天から振り降りたように、
梅の花びらが果てしない天から降り注いでくるような、
そんなイメージを抱いていたのですね。
まるで幻想的な映像を見ているような、そんな表現をした大伴旅人の歌です。
今なら、桜吹雪を連想するかもしれませんね。
今日もお読みいただきまして、ありがとうございます。
暖かくしてお過ごしくださいませ。
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立春〜春は名のみの風の寒さや〜
おはようございます。
「早春賦」
春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず
二十四節気では、今日から春になりますね。
立夏の前日までが春といわれます。
春とは名ばかりで、立春は寒さのピークとなり、明日からの寒さを「残寒」または「余寒」といいます。
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立春は、農作業にとっても重要な日です。
「八十八夜」
「二百十日」
「二百二十日」などの起算日になりますね。
氷融け去り 葦は角ぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
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でも、植物の葦も、芽を出し始めています。
春はもうそこまでやってきました。
春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを
いかにせよとの この頃か
いかにせよとの この頃か
「早春賦」のオルゴール曲
こんな素敵な曲がありました。
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自然は偉大ですね。
私たちも前を向いて一歩一歩行く、
そんな強さを梅の花や植物から日々教えてもらっています。
今日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
佳き一日になりますように。
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二月の異名って、こんなにたくさん♡
二月の異名にはどんなものがあるのでしょうか。
月々の異名は、すべて旧暦で名付けてありますから、現代の太陽暦でいくと、一ヶ月ぐらい遅れています。
二月の異名。
「如月(きさらぎ)」にはこんな字が当てられています。
「衣替着」または「衣更着」
寒さが厳しいので、平素の着物の上に更に一枚重ねるとも言われます。
実はこれは誤りだという説もあります。
正しくは、
草木の再生としての「生更ぎ」
陽気がやってくるという「気更来」
のことを意味するようです。
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そのほかに二月の異名として、
「雪消(ゆきげ)月」
「早緑(さみどり)月」
「雁帰(かりかえり)月」
「梅見月」
「初花月」
「小草生(おぐさおい)」
「令月」
「麗月」
「仲月」
「春半(はるなかば)」
「梅津月」
「美景」
「恵風」
「星鳥」
などがあります。
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微妙な季節の変化をうまく表現していますね。
日本人ならではの繊細な感性です。
うっとりしますね。
今日もお読みいただきまして、ありがとうございます。
心豊かな一日をお過ごしくださいね。
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大寒〜「寒」には不思議な力が宿る
おはようございます。
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昨日は「大寒」でした。
このところ寒いですね。
1月6日ごろ「寒入り」といって「小寒」に入り、その15日後に「大寒」となり、
「大寒」から15日後たつと寒が明けて、「立春」になるといわれています。
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「寒稽古」「寒垢離(かんごり)」「寒念仏」「寒行」など、
寒苦に耐えて心身を鍛錬する修業のことです。
柔道や剣道などの修業をする人は、寒気の厳しい寒30日間、
早朝または夜間に道場に通って、
厳しい稽古を行って心身を鍛錬します。
芸事の鍛錬をするときにもこの言葉を使います。
日本舞踊でも、寒稽古には長唄「七福神」を使います。
「七福神」という曲名に似合わず、激しい動きをするので汗をかいて体が暖かくなります。
一方で、「寒鰤」や「寒干し」「寒締め」「寒牡丹」「寒椿」など、
「寒」のつく食べ物や植物も珍重され、人気がありますね。
「寒」という言葉に、
日本人は不思議な力が宿っているということを体験から知っているのですね。
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お正月遊び〜歌留多(カルタ)〜
皆様、こんにちは。
お正月の子どもたちの遊びといえば、凧揚げ、羽根つき、そして歌留多(カルタ)でしたね。
「お正月」の歌詞にも、凧揚げや独楽などが出てきますよね。
今はどれもこれも見なくなりましたね。
明治、大正時代は、お正月のカルタ会が、若い男女が楽しめる数少ない機会だったそうです。
30人ほどの若い男女が集まって、二手に分かれてカルタ会は行われました。
小倉百人一首の歌がるたを使って、源平の二手に分かれて競い合ったということです。
会場内は次第にみなが熱狂してきて、顔は紅潮し、
女性は白粉がはげてきたり、髪がほつれたり、着物が乱れたり。
会場は熱気にあふれ、歓声が上がったり、笑い声が響きました。
胸ときめかせて楽しんだカルタ会だったのですね。
明治30年代のカルタ会の様子を尾崎紅葉が『金色夜叉』でその様子を描いています。
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カルタは、もともとポルトガル語です。それが「歌留多」になりました。
カルタには、いろはガルタ、歌ガルタ、花ガルタ、トランプなどがあって、
遊びやばくちに使う絵や文字が書かれている長方形の札のことを指しています。
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小倉百人一首が歌ガルタとして使われるようになったのは江戸時代です。
歌を上の句と下の句に分けて、上句を読み上げて下句をとるという方法で、
男女が入り交じって楽しむようになりました。
百人一首が競技とされたのも、そのころです。
初めは、形も大きな字札を積み重ねたカルタを、そこに居合わせた人々が読んで、
札に合わせてただ順々にめくっていくだけの遊びでした。
カルタは、百人一首で、草書だったりいろんな書体で書かれていたものが
やがて標準カルタとして制定されていきました。
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元々は色紙に描かれていたものです。
鎌倉の歌人藤原定家が、一首ずつ嵯峨中院の障子の色紙の形と同じものに書いたのが始まりです。
嘉永元年(1235)のことでした。
藤原定家自身が古今の歌人の歌を百首選んだのですね。
どこから百種を集めたかといいますと、
古今集、新古今集、拾遺集、後拾遺集、金葉集、千載集、
新勅撰集、後撰集、続後撰集、新後撰集、詩歌集
です。
どこかで聞いたことがあるものばかりですね。
こうして並べてみると、圧巻です。
また百人一首を覚えたくなりました。
新年のご挨拶
皆様
謹んで、新年のご挨拶を申し上げます。
昨年中は大変お世話になりました。
ご家族の皆様と楽しいを正月をお迎えでしょうか。
江戸っ子も正月は骨休めと決めていたようです。
初詣は、近所の氏神様に15日の松の内までに新春のご挨拶に行く程度で、
三が日は「ただ寝るばかりが果報なり」と、
朝からお酒を酌み交わして、お節料理をつまんで、
家でごろごろ寝正月を楽しんだようです。
平成26年元旦
巳年の最後に〜お母さん、ありがとう〜
皆様、こんばんは。
私も夢を実現させたいと思い、一歩踏み出した年でした。
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郷里に戻り、雪の残る道を歩きながら、
田んぼに囲まれた宮城の土地で育ってきたことは五感が知っているものだと、
つくづく感じます。
東北の冬は寒く北風が冷たいです。本当に春が待ち遠しいものです。
幼い頃、
しばれる夜に布団の中でかじかんだ手や足を自分の肌の温もりで温めてくれた母の温もり。
「母の無償の愛」の素晴らしさで胸がいっぱいになったところで、
今年は締めくくらせていただきます。
巳年ちゃん、今年はありがとう。
さようなら。
断・捨・離〜2013年の終わりに
2013年もあっという間に師走を迎え、
信じられないぐ
あともう少し、今年も一日一日を大切に過ごしたいですね。
そこで、一緒に断捨離(だんしゃり)を行いませんか。
断捨離とは、部屋の整理整頓と共に、ものへの執着から解
身軽で快適な人生を手に入れようという考え方に
それと一緒に、心の断捨離も行いたいものです。
潜在意識の中にある不用品、
例えばネガティブな感情など
自分の人生をスムーズに、よりよい生き
捨てれば、得るものも大きいから
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無意識に流れている感情を意識的にながめ、
決して抑圧し
ありのまま認めてあげて、
その
例えば、これが「ああ、自分を認めてほしかったのだ」と
「認められなくても、私は私のま
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自分の感情に罪悪感を持ったりせず、認めてあげる、そし
それだけで、心の断捨離はしやすくなります。
決して罪悪感を持ってはいけないのです。
その感情の出どころを理解することです。
その感情をまた自分の奥に再び押し込めないで、認めてあげる。
無理にそれがどうして沸き上がってくる感情なのか、
突き止めようとしたり、その問題を抱えていることに密かに誇りを持ったりしていると、
同じような問題をまた引き起こしたりしていまいます。
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要は、淡々とその感情を感じている自分を客観的に見て、
あれこれ深く考えずに手放してしまうことが望ましいのです。
慌てることもありません。
カチンと自分にスイッチが入るときを待つことも必要です。
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今年もあとわずかですね。
ちょっと立ち止まって、心も身辺も整理してみませんか。
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