和のたしな美ぶろぐ
May 29, 2014

抹茶の由来とその効用

おはようございます。

昔は丁稚奉公の丁稚さんが、朝、滋養と強壮、眠気を覚ますために抹茶を飲んで

働いたという話を聞いたことがあります。

もともと「抹茶を飲む」というのは、

禅僧が修行中眠気を覚ますために大切なものとされていたようです。

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新緑の竹

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日本に初めて抹茶を取り入れたのは、禅僧の栄西(1141~1215)でした。

27歳のときに宋に渡った栄西は、そのときたった50日しか滞在することができなかったそうです。

その後、禅の奥義を極めたく、4年後にインドに向けて船出しました。

ところが、船は宋に着いたため、そのまま4年間、宋に滞在したのです。

そして、禅の教義を学び、手には抹茶を携えて帰国しました。
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人一倍修業熱心だった栄西は、抹茶が修業には不可欠だと思っていたのですね。

帰国後、佐賀県背振山に茶の種をまきました。

その地名の石上(いわがみ)にちなんで、「石上茶」と呼ばれたのです。

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思いというのは、ちゃんと次の世代に受け継がれていくものですね。

栄西の思いをしっかりと受け止めたのは、明恵上人でした。

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栄西から茶の種を贈られた明恵は、それ以後、日本国内にこの茶の種を広めていったのです。

京都の仁和寺、奈良、三重、静岡などにも植えられ、全国的に茶の栽培が盛んになっていきました。

足利義満将軍は、ことのほか茶の湯にも熱心で、

「宇治茶」は、義満将軍のおかげで本場京都での名声を高くしていったのです。

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その後、大名、武士の間で茶の湯が盛んに行われるようになってなっていきましたね。

更に、武士の喫茶の習慣が次第に町人や農民にまで広まっていきました。

農民の茶寄り合いでも茶会を開くようにまでなっていったということです。

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小川と緑紅葉

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元々、抹茶は眠気を覚まし、滋養と強壮剤としての役目をしていたのですね。

今度、6月8日の「浴衣のたしな美」講座でも、中間に抹茶を飲むコーナーを
もうけました。

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書家の林拓鶯さんのお話を聞きながら、味わい深いお茶をいただきたいと思っています。

よろしければ、どうぞご参加ください。

本日もお読みくださいまして、ありがとうございました。

佳き一日をお過ごしくださいませ。

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“浴衣のたしな美”講座

6月8日は、書家林拓鶯さんのお話があります。

7月7日の”浴衣のたしな美”講座は

若々しく見えるポーズとメイク、

和食のテーブルマナーなどを行います。

“和のたしな美塾” 講座。

6月20日は、

江戸庶民の生活術に学ぶ「環境に優しいエコな生活術」

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和室の着物姿

 

May 28, 2014

扇子の使い方〜日舞と落語〜

おはようございます。

先日の”和のたしな美塾”講座で取り上げた清元『北州』。

2回に分けて行いましたが、

多くの方にご参加いただき、心から感謝しています。

ありがとうございました。

IMG_0639               1回目のご参加の皆様

『北州』は素踊り形式というものをとります。

舞踊家にとって素踊りというのは、大変に難しいものとされています。

素踊りというのは、扮装も大道具も特別に使わない踊りのことで、技量の善し悪しがはっきりと客様に分かってしまうものなのです。

IMG_1637              2回目のご参加の皆様

この『北州』は扇子一本で、武士、花魁、商人、馬子など20人ぐらいの人物を踊り分けていくのです。

扇子一本がいろんな描写に変身していきます。

IMG_0436             格子の中をのぞいている様子

いつかそれもご覧いただきたいと思っています。

IMG_0437               青簾を上げている様子

さて、落語でも、扇子はいろんな表現をする小道具として使われていますね。

舞踊では、その演目に応じてさまざまな扇子を使い分けますが、

落語では、扇子を「高座扇」といって、平手打ちの白扇だけに限られています。

それはなぜかというと、扇子を開いたときに絵や文字があると、そこにお客さんの視線が集まってしまって、効果が薄れてしまうからだそうです。

この扇子がさまざまな小道具に見立てられていることは、ご覧になっていて、お分かりかと思います。これは舞踊とも共通していますね。

閉じたままの扇子は、刀、槍、杖、釣り竿、竹竿、きせる、箸、割り箸、お銚子などになります。

ちょっと開いてきしませると、船の櫓の音になったりします。

少しずつ開くいていくと、手紙になります。

開ききった扇子は大盃になります。

これを飲み干せば、酔っぱらいになりますよね。

IMG_0509            舞踊で芸者衆などの粋な踊りで使う扇子

すべて演者の腕の見せ所です。

いかに臨場感あふれる風情を出すか。

芸の道は一夜にしてならず。

なかなか難しいものです。

見てくださる方が喜んでくださる、楽しんでくださるというのが演者の最高の喜びですね。

本日もお読みくださいまして、ありがとうございました。

楽しい一日をお過ごしくださいませ。

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“和のたしな美塾” 講座。

6月20日は、

江戸庶民の生活術に学ぶ「環境に優しいエコな生活術」

6月8日と7月7日は浴衣のたしな美で、

若々しく見えるポーズと櫻本 ゆかりさんのポイントメイク、

書家林 洋子(林拓鶯)さんのお話、和食のテーブルマナーなどを行います。

詳しくはこちらをご覧ください。

→→ http://derivejapan.com/course/

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May 21, 2014

「十干十二支」って、何でしょう。

おはようございます。

年・月・日・方位を表すのに今も使われているのが「十干十二支」です。

遠いようでいて、意外と身近で使われていますよね。

「あなたは、なに年ですか。」なんて、よく尋ねられますね。

十二支は、「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」を表します。

十干は、「甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちの

え)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずの

と)」を表します。
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ピンク紫陽花

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例えば、

今年2014年は、「甲午(きのえうま)」の年です。

野球場の甲子園は、「甲子(きのえね)」の年につくられました。

戊辰戦争は、「戊辰(つちのえたつ)」の年に起こったことからこう名付けられました。

面白いですね。

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新芽

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この十干十二支を掛け合わせたものが干支で、「兄弟(えと)」とも呼ばれ、

古代中国から伝わった陰陽五行を取り入れて、

組み合わせは60に及び、「六十干支(ろくじっかん)」といいます。

「甲子(きのえね)」から始まり、

「癸亥(みずのとい)」の60年まで数えます。

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葉の露

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これが満60歳を祝う「還暦」です。

「本卦還り(ほんけがえり)」とも呼ばれます。

61年目で一巡して、元にもどって、最初から数え直します。

江戸時代の人の寿命は短く、60年生きることができれば長生きでした。

60歳になって還暦のお祝いをするときに、赤いちゃんちゃんこを着るのが習わしでしたね。

赤い色は、「赤ちゃんに還る」という意味と「魔除け」の意味があるそうで、

「赤い頭巾、赤いちゃんちゃんこ、赤い座布団、扇子」などを用意して、

生まれ変わった気持で、さらに長寿をという願いを込めて一族の長老の還暦を一同が集まって祝ったものです。

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赤薔薇

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『船頭さん』という歌の歌詞には、

「村の渡しの船頭さんは 今年六十のお爺さん・・」とあります。

今は寿命も長くなり、60歳といってもまだまだ若々しく、現役で働ける年齢でもありますね。

ぜひ生涯現役で、輝いていていただきたいと祈っています。

本日もお読みくださいまして、ありがとうございました。

心静かな一日をお過ごしくださいませ。

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ブルー紫陽花

 

 

 

May 20, 2014

農業のための暦「二十四節気」

おはようございます。

今はいろんな野菜を遠方から取り寄せて売っていますが、

江戸では「野菜は四里四方(よりしほう)」といって、

だいたい四里(約16Km)以内のところから葉物などの野菜が供給されていました。

ですから、ちょっと足を伸ばせばそこには農地があって、農業は大切な産業でした。

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昨日書きました「太陰暦(旧暦)」では、どうも農業などの種まきや収穫など、

季節とともにある仕事にとっては、目安となるべき暦が季節と違っているということもありました。
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小川

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そこで、この暦とともに、

太陽の1年の動きを24分割して、

季節を表す「二十四節気(にじゅうしせっき)」というものをもうけて、

この太陰暦と併用したのです。
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コブシの花

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まず、太陽の軌道から夏至とその逆の冬至、その中間の春分を割り出します。

さらにそれぞれの中間地点を立春、立夏、立秋、立冬としました。

二十四節気では、それをさらに三等分して、より詳しく季節の移り変わりがわかるように名前を付けました。

また、一節気を5日ごとに三等分して微妙な変化を表したのが「七十二候」です。
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二十四節気では、

一つ一つその時期の象徴的な動植物の動きや天候を表して、

農業や暮らしの目安となるように伝えました。
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早乙女1

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「立春」は、雑節を数える基準にもなっています。

種まきに最適な季節とする「八十八夜」。

「八十八夜の別れ霜」と言われるように、

八十八夜を過ぎればもう霜の被害が出ることはないと言われていますね。

また、台風への注意を促す「二百十日」も立春から数えられています。
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田植え後の水田

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江戸っ子は、「太陰暦」という月の満ち欠けで分かる日にちのカレンダーを使って、

商売の掛け金の支払の期日や三社祭、神田祭りなど決まった祭りの月日などで確認をしました。
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そして、「二十四節気」という季節のカレンダーを使って

「もうすぐ八十八夜だから田植えの季節だねえ」などどとらえていたのです。

この二つをうまく使いこなしていたというわけです。
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雲と青空

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本日もお読みくださいまして、ありがとうございました。

幸多き一日をお過ごしくださいませ。

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桃の花

 

May 19, 2014

月の満ち欠けを基準にした江戸の「太陰暦」

おはようございます。

現在私たちが使っているのは「太陽暦」です。

これは太陽の1年の動きをもとにして作った暦で、1年間を365日としていますね。

当たり前のように思って使っていますよね。
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江戸時代には「太陰暦(旧暦、陰暦、太陽太陰歴)」というものを使っていました。

これは月の満ち欠けを基準にした暦です。

毎月、新月の日を朔日(ついたち)として、

月の前半は上弦で、満月は15日、

月の後半は下弦で、月が見えなくなったら月末という具合です。

ひと月のサイクルは、約29.5日なのです。
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満月

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江戸時代の人たちは、夜空を見上げて月の満ち欠けを見ていれば、

今日は何日だというのが分かったということです。

十五夜というのは、15日目だから満月。

三日月というのは、新月から3日目の月。

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三日月

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街灯のない江戸の町では、お月様は特に重要で、

明るい満月の夜に用事を済ませるというふうにしていたそうです。

日中はお天道様を拝み、夜はお月様のおかげで生きていたのですね。

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暖簾

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ひと月が29.5日だとすると、半端な計算になりますので、

29日(小の月)と30日(大の月)の二つの月をつくりました。

それを「大小歴」という、一目で分かる暦にしました。

これでいくと、一年が354日になるので、2年半に一度ぐらい、

1年を13ヶ月にして閏月(うるうづき)をもうけて調整をしたそうです。

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紫陽花紫

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きっと暦には、数字や文字が書いてあって、

閏月も分かるように、絵も入っていたのでしょう。

絵の中に数字が書かれたこの「大小歴」は人気があったようですよ。

現代とはちょっと季節感の異なる太陰暦ですね。

先日の「五月晴れ」などは、太陰暦5月ですから梅雨の季節であり、

梅雨の合間の空を表現した言葉だったのです。

明日は、「二十四節気」について考えてみたいと思います。
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和室の着物姿

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本日もお読みくださいまして、ありがとうございました。

素晴らしい一週間をお過ごしくださいませ。
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カレンダー

 

May 17, 2014

今日は、浅草の三社祭

おはようございます。

浅草の「三社祭」が今行われています。

明日18日までです。

祭り好きにはたまらない江戸祭りが始まりました。

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浅草の「三社祭」は、浅草浅草寺境内にある浅草神社の浅草例大祭です。

浅草寺の歴史は古く、推古天皇の628年に、

宮戸川(隅田川)で漁をしていた漁師が投げた網に観音様(聖観世音菩薩)がかかり、

三人が深く帰依してお堂を建ててお祀りしたことに始まります。

後にこの三人が「三社権現」として祀られたことが浅草神社の始まりです。

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神輿担ぎでは、掛け声はとっても大事ですね。

お祭りによって、それぞれのカラーも発揮するために掛け声も変ってきますね。

三社祭では、「セイヤ ソイヤ」と威勢のいい掛け声が聞かれますが、

その上、

「喧嘩神輿」という、上下に激しく神輿を振る「浅草担ぎ」をするということです。

「火事と喧嘩は江戸の華」で知られる、さすが江戸っ子。

神輿担ぎにも威勢の良さを発揮していますね。

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江戸の祭り5

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「ワッショイ ワッショイ」がポピュラーですが、

これは「我一緒」「和一緒」という意味からきています。

お祭りは、みんなで一つになって作り上げるもの、盛り上げるものという考えがありますね。

江戸っ子も組ごとに町づくりをして、自分の町の自治をとっても大切にしていました。

お年寄りにも食べるものに困っている人にも優しいコミュニティー。

心が温かくなりますね。
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江戸の祭り3

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本日もお読みくださいまして、ありがとうございました。

素敵な週末をお過ごしくださいませ。
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祭り提灯

 

May 16, 2014

「五月晴れ」とは、陰暦五月から見ると・・・

おはようございます。

五月は、陰暦では、皐月(さつき)といいました。

この「さつき」というのは、早苗月(さなえづき)、つまり早苗を植える月の意味で、

古来から言われているようです。

ほかの旧暦の月名が口の端にのぼらなくなっている中で、

「さつき」は現代までも生き続けている言葉といえますね。

「五月晴れ」「五月空」「五月曇り」など、聞いたことがありませんか。
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初夏の森

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陰暦五月は梅雨の季節にあたり、

「五月晴れ」は梅雨の合間の晴れ空、あるいは梅雨明けの晴天を指し、

「五月空」は梅雨空を指し、

「五月曇り」は五月雨のころの曇りがちな空のことを指します。

行楽を連想させる現代の「五月晴れ」「五月空」などとは、大分趣きが異なっていたようです。

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座敷・初夏

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さて、五月の異名としては、

おたくさ月

賤男染(しずのおぞめ)月

田草月

橘月

仲夏

授雲(さくも)

啓明

星火

などがあります。

「おたくさ」は「長崎紫陽花(あじさい)」のこと、

「啓明」は明けの明星、金星のこと。

「仲夏」は夏三月の真ん中のこと

です。

ほとんど聞いたことがない言葉ですが、

調べてみれば、なるほどと思えるものがありますね。

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青空
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江戸では、朝顔、ヘチマ、茄子、胡瓜などの苗を売り歩く「苗売り」がやってきました。

天秤棒を担いで行商して歩く、のどかな呼び声は初夏の情緒を感じさせるものでした。

現代の下町のように、軒先で鉢植えを楽しんだのでしょうか。

朝顔など花の栽培に庶民は心踊らせていました。
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胡瓜
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本日も最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。

今日も幸多き一日になりますように。

 

 

May 12, 2014

天と地、神と人をつなぐ天橋立

こんにちは。

   神の世に神の通ひし跡なれや

    雲井につづく天橋立

「天の橋立」は、陸奥の松島、安芸の宮島と並ぶ日本三景の一つです。

現在の京都府宮津市の宮津湾にあります。

『丹後風土記』によると、その昔、天橋立は「天への架け橋」といわれていました。

イザナギが妻となるイザナミに会いたくて、天から梯子をかけて、

イザナミが住むこの地に降りてきたということです。

ある日、イザナギが寝ている間に、その梯子が倒れて、天橋立になったそうです。

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『古事記』では、イザナギ、イザナミの二神が、この天橋立に立って、

混沌としている海を見下ろし、日本の国づくりを始めていったのだそうです。

最初にできた島が、オノゴロ島、次にできた島が淡路島といわれています。

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幾多の伝説を生み、平安期から数多くの文人達がこの地を訪れました。

  大江(おほえ)山 いく野の道の 遠(とほ)ければ

       まだふみもみず 天の橋立

               ー小式部内侍ー

彼女は和泉式部の娘で、一条天皇の中宮彰子(しょうし)に仕えた、才気あふれる女性だったようです。

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                                                         元伊勢籠(この)神社

京都で、友人の中島裕実さんと一泊して、翌日早朝に宮津へ向けて出発。

船に乗って、名勝天橋立を近くに見ながら、

到着したのは、丹後一宮「元伊勢籠(この)神社」。

ここで正式参拝をさせていただき、

その奥の院「眞名井神社」で、神々が出入りをしていたという岩、磐座(いわくら)

を遠くから拝見させていただきました。

その後、瀬戸 龍介さんの眞名井神社ご奉納の「夜明けのコンサート」に参加させていただきました。

素晴らしい倭の心を表現されるミュージシャンです。

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                                                         元伊勢籠(この)神社

丹後一宮「元伊勢籠神社」は、こういわれています。

  伊勢へ詣らば 元伊勢詣れ

     元伊勢 お伊勢の故郷(ふるさと)じゃ

   伊勢の神風 海山越えて

     天橋立 吹き渡る

イザナミは眞名井原(眞名井神社)の磐座(いわくら)に祀られていて、

そこにイザナギが通うために天から大きな梯子を地上に立てて通われました。

その梯子が一夜にして崩れて天橋立になったということです。

天橋立は神と人、男性と女性を結ぶ愛の懸け橋と信じられていました。

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               元伊勢籠(この)神社の奥の院

                 眞名井(まない)神社

人間の心が純粋で素直であった古代には、神と人、天と地上とは互いに往き来できたということです。

人間と動物が違うところは、人間は「祈る」ことができるというところです。

祈りのあるところに神が宿り、人が祈らなくなると、神はそこから住まいを移してしまわれるそうです。

純粋で素朴で素直な心が神に通じる心なのですね。

この磐座(いわくら)のそばにいると、素朴で優しい想いに包まれます。

私たちの祖先は平和を愛し、穏やかに田畑を耕して暮らしていたのだなあと、
しみじみ感じます。

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この歌のように、

ここは、天照大神のお食事を司る豊受大神の故郷であり、

天照大神も一時ここにお住まいの後、

伊勢にお引っ越しになられたとのことです。

ですから、ここはお伊勢のふるさとであり、

日本のこころのふるさとでもあるのですね。

 

本日も最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。

今週もどうぞよろしくお願いいたします。

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“和のたしな美塾” 講座。

5月は少し趣向を変えて江戸吉原のお話をします。

5月14日、24日です。

どうぞ遊びにいらしてくださいね。

       http://derivejapan.com/course/

青紅葉

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May 8, 2014

荒井里枝さん〜グルテンフリーを〜

グルテンフリーって、最近よく耳にしますね。

グルテンフリーって何ですか?

最近アレルギーの子どもたちが増えていますよね。

彼らは、小麦、大麦、ライ麦からつくられるタンパク質(グルテン)に反応してしまうことがあります。このグルテンを摂ると、小腸が過敏に反応して消化不良になったり、吐き気や痛みなども引き起こす場合があります。

グルテン過敏症の子どもたちが年々増えているそうです。

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今グルテンフリーのお料理を提唱している荒井里枝さんのお嬢さんも
アレルギーだったそうです。

そこで娘のためにと、彼女は「グルテンフリー」という、

グルテンの入っていない食材を使ったお料理を作り始めました。

見た目も美しく、美味しく作りたいと、頑張っています。

 

アメリカのハリウッド女優の間では、ジャンクフードはやめて、健康な食習慣でダイエットしようと、グルテンフリーが今流行しています。

現に体調がよくなったという声も聞かれているようです。

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荒井里枝さんは、

さらに、調味料にもとってもこだわっています。

オリーブオイル、塩、みりんなどなど。

どれも一口味わっただけでも、美味しい~!のです。

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お料理教室がもうすぐありますよ。

まだお席がありますので、ご興味のある方もない方も、是非ご賞味してください。

美しいテーブルコーディネイトとヨーロピアン風のお部屋で、

幸せなひと時を過ごせます。

 

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グルテンフリーの食材を使ったおもてなし料理教室

「アトリエ ル ソレイユ」

5月30日(金)、31日(土)

6月27日(金)、28日(土)

11:00~14:00

横浜市青葉区

詳細はこちらです。

http://www.arairie.jp/

ブログでの詳細はこちらです。

http://www.arairie.jp/

心豊かなひと時を、是非味わってみませんか。


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May 5, 2014

藤の花と紫深き水道の水

おはようございます。

今日は端午の節句ですね。
鯉のぼりがはためく青空の下、
お子様やお孫さんと柏餅を召し上がるのも楽しみの一つですね。

粒あん、こしあん、味噌あんなど、いろいろ種類があって、
どれにしようかと、迷ってしまいますね。
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藤の花が美しい季節になりました。

藤の花と言えば、歌舞伎舞踊『藤娘』を連想します。

藤の大枝をバックにして黒い塗笠をかぶった女性がひと枝の藤の枝を片肩に担いで、振り返るシーンから舞台は始まります。

歌舞伎役者六代目尾上菊五郎(現菊五郎の祖父)が考えた舞台演出。

バックに松の大きな幹にふさふさの大きな藤の花をからめたのは、

自分を小さく、可愛らしく見せるためだったそうです。
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琵琶湖の南岸、三井寺(みいでら)門前で売られている土産物の大津絵の中に、

藤の枝を担いだ女性の絵がありました。

この大津絵には「良縁を得る」という意味もあったそうです。

大津絵から絵が抜け出して絵師の災厄を救ったという逸話から、

それが三井寺の仏画となり、

除災招福の札として全国に広がったともいわれています。
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長唄『藤娘』は、

  「人目せき笠  塗笠しゃんと  振りかかげたる一枝は

   紫深き水道の水に  染めて嬉しき由縁(ゆかり)の色の  

  いとしとかいて藤の花   エゝ  しょんがいな……」

と、始まります。

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江戸の文政9年、大阪の歌舞伎役者 二世関三十郎が、

故郷の大阪へ帰るときに、江戸のお客様にお名残惜しやという思いで、

大津絵にちなむ五変化の所作事を舞った舞踊の一つがこの『藤娘』でした。

甘く匂う、深い紫色の藤の花を流れる水に浸すと、

水の色が「由縁(ゆかり)」、

つまり紫(ゆかり)の色になったということです。

水の清々しい清らかさと、藤の花の美しく新鮮で甘美な藤色が溶け合っている様子、

美しい世界の表現ですね。

また「紫」とは江戸のことを意味します。

「紫深き水道の水に」とは、私も江戸の水にも馴染みましたと、

大阪出身のこの役者さんが江戸のお客様に対してお礼も込めて、
そう表現したのですね。

江戸の水になじみ、江戸のお客様とのえにしが深まったと、

この二つを掛け言葉にしたのでしょう。

言葉の意味を考えいくと、より一層舞踊も楽しめますね。

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水は命の源泉。

稲作も農作物も水がなくては育ちません。
また、美味しい日本酒も、美しい友禅染めも、
清い水があってこそ味わえるものですね。

本日もお読みくださいまして、ありがとうございました。

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“和のたしな美塾” 講座。

5月は少し趣向を変えて江戸吉原のお話をします。

どうぞ遊びにいらしてくださいね。

→→ http://derivejapan.com/course/
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