免疫力アップに柿はいかが?
今、風邪を引いている人が多いですね。
この時期、夏の疲れが出て、免疫力が低下して風邪を引きやすく
なります。
その予防のためにも、秋の果物、柿はいかがでしょうか。
柿は、ビタミンCやビタミンDが豊富で、体の免疫力を高めて抵抗力をアップさせます。
更に、カリウムには利尿作用があり、タンニンのは血圧を低下させる効果もありそうです。
スーパーの店頭でもよく見かけるようになりました。
秋、この時期に食べるのは、理にかなっているのですね。
和風ウォーキングの効用
和風ウォーキングってナンバ歩きのことです。
「ナンバ歩き」という言葉を知らなくても、
阿波踊りや盆踊り、沖縄のエイサー、花笠踊りはご存知だと思います。
右手右足、左手左足を同時に動かす歩き方のことです。
意外に知られていないですね。
日本は明治期から、西洋式の行進や軍隊の歩き方が導入されましたので、
いつの間にか忘れられてしまいました。
日本人は、もともと農耕民族でした。生きるための糧を得るために畑を耕すとき鍬や鍬などの道具を使っていました。鎌を持つとき、右手右足が同時に働きますね。こういう動きを長年の間に培ってきたのでしょう。
それとは違って、西洋は狩猟民族でしたから、生きるための糧を獲る方法も違っていましたね。自ずと所作も異なっていったと思われます。
「ナンバ歩き」は現代では能、歌舞伎、日本舞踊、盆踊り、相撲など探せば随所に見られますね。
世界陸上の末續慎吾選手、マラソンの高橋尚子選手も、実はナンバ走法でした。
体をねじらず、手の振りは前へ小さくして重心は低くするなどの工夫がされていました。
江戸時代の飛脚や忍者が用いていたのがこのナンバ走法でした。
省エネで、しかも瞬発力のある動きです。
昨今、能の活性化にとってもよいと注目されている「ナンバ歩き」。
認知症や脳の障害の予防にも効果があるそうです。
詳しくはまた後日・・・。
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本日は、和風ウォーキングと日本語48文字カタカムナの学びです。
黄金の輝き〜新米
稲刈りは終わりましたか。
もう新米を召し上がっている方もいらっしゃることでしょう。
農家では、初夏の忙しさとはまた違った忙しさに追われる時期ですね。
早生は9月中に稲刈りがされますが、大部分は10月に入ってからではないでしょうか。
例年ですと、10月中旬は晴れた日が続きますが、最近はぐずついたお天気が続いてますね。
今は機械で稲刈りも順調に進みますが、
機械がない時は、爽やかな鎌の音が響き渡りました。
順礼や 稲刈るわざを見て過る (正岡子規)
昔は天高き青空の下で、鎌の音が心地よく鳴り響いていたのですね。
刈った稲は束ねられて、稲架にかけられて干し連ねられます。
また沼田では幾列か稲を刈り残して伏せた上に、刈り稲をのせる、
そういうところもありますね。
新米の美味しさは、格別です。
江戸っ子は、白米を食べることを誇りにしていました。
大自然と人との共同作業で生み出す、まさしくきらきらと輝く宝物ですね。
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明日は、和風ウォーキングと日本語48文字カタカムナの学びです。
父との思い出〜童謡「里の秋」
私が秋になると思い出す歌、
それは父との思い出の童謡『里の秋』です。
静かな静かな 里の秋
お背戸に木の実の 落ちる夜は
ああ 母さんと ただ二人
栗の実煮てます 囲炉裏端
小学生の頃、郷里の家の二階でこの曲をオルガンで弾いていた時、
外の庭にいた父から、やめないでもっと弾いてくれと、言われたのを覚えています。
当時父は、宮城の気仙沼港を寄港として、主にマグロ漁業船の無線通信士をやって
いました。
父親(私から見れば祖父)が病弱で入退院を繰り返していたためにお金が必要だったのです。
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あるときはアリューシャン列島まで、あるときは北海道までと、父は遠出をしていたので、
家に戻るのは年に、二、三回程度でした。
父が40歳の時、陸に上がりました。
その直前に乗らないかと誘いを受けた船に、気が進まず辞退したらしいのですが、
その船は洋上、転覆してしまったそうです。
父はそれを辞退したことで命拾いをしました。
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まさに、「板子一枚 下地獄」の世界が海にはあります。
父が今も生きていられるのは、目に見えない人生の大きな選択をここでしたからでしょう。
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この童謡『里の秋』は、1945年に敗戦により失った領土からの引揚者の激励の
ためにNHKのラジオ番組で放送されたものだそうです。
私の父もこの曲を私にリクエストをしたのも、何か敗戦のころの思い出があったの
かもしれません。
明るい明るい 星の空
鳴き鳴き夜鴨の 渡る夜は
ああ 父さんの あの笑顔
栗の実食べては 思い出す
父がその後もしばらくの間 、海に出ていたので、
秋になると、この曲を思い出しては涙がこぼれたものです。
秋がやってくると思い出す『里の秋』です。
皆様も何か秋の思い出はありますか。
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ゆったり江戸時間
花の雲 鐘は上野か浅草か
松尾芭蕉が深川の芭蕉庵で聞いた時の鐘は、上野の寛永寺の鐘の音だったのか、
それとも浅草の浅草寺の鐘の音だったのか。
人々が時を知るのは、お寺の鐘からだったのです。
現代人は時を刻む時計をいつも手がかりに、時間を気にして暮らしています。
時計を見ながら、いつもいらついています。
江戸時代は、みな時計なんて持っていませんでした。
時の鐘で時刻を知ったのです。
それと、太陽、月の運行で今は何時(なんどき)だと、自分の身体で時を知って
いました。
今から150年ほど前まで、日本人は自分の五感で時間をとらえていたのですね。
そんな感覚を持っていたことに驚くのと同時に、現代人はその感覚を失ってしまったことに、ショックを受けます。
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一時(いっとき)は2時間。
彼女とデートするとき、「深川のお不動様の前で、暮れ六つに会おう」と約束したとすれば、二時間は待っているよというのが普通のことだったのです。
半時は1時間。小半時は30分。
小さい時間の単位が30分ですから、今のように1分、1秒を争うような慌ただしさやプレッシャーはなかったのでしょう。
ゆったりと時間の流れを楽しんでいたように思います。
人生50年の時代に、時間がないなんて焦ることなく、ゆったり構えることができる人生の価値観って、どんなだったのでしょう。
そこに見えてくるのは、温もりや暖かさです。笑顔だったり、涙だったり。
現代人はこんなに長生きしているのだから、
もっともっと余裕をもってゆったりとした生き方ができるんじゃないかと思います。
一体何に追われ、何を追い求めているのか、今までの価値観の見直しをするべき時代
にきたのではないでしょうか。
江戸庶民のように、身も心もダイエット
老子の言葉に、「足るを知る者は富む」という言葉があります。
人生は分相応のところで満足していれば、心豊かに暮らせるということをいっているのでしょう。
江戸庶民は、美味しいものを食べたり、楽しいことをしたりすることに幸せを見い出していたようです。
「宵越しの金はもたねえ」といわれるように、お金を使うことやお金をためることに重きをおくのではなく、その日その日の幸せに心ときめかせて生きていたのですね。
頻発する火事で、家も家財道具も愛する人をも失う経験をしてきたからこそ、その日その日を大事に生きることを大切にしたのでしょう。
江戸庶民の生きるスタンスには三つあります。
余計なものは持たないこと。
くよくよと思い悩まないこと。明日は明日の風が吹く。
出世を望まないこと。出世すれば忙しくなって家族との時間も取れなくなって
しまう。
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人生は分相応。
そこから見ると、現代人は多くのことに気を向けすぎています。
気が付いてみれば、体も心も疲れきった状態になっています。
身も心もダイエット。
心身の断捨離。
やっぱりシンプルな生き方に向かっていけば、日々の何げない喜びがより鮮明に幸せに見えてくるのではないでしょうか。
和のこころと脳の働き
日本人は大自然と共に「一つの大きな命」として調和する民族だったということを書きましたが、
(「サムシンググレート」
http://blog.derivejapan.com/japanese-heart/something-great/ )
日本人は、右脳や左脳の働きにおいても、西洋人と比べて独特の働きをするという
ことです。
例えば、風の音、虫の音、川のせせらぎなど、左脳でとらえているのです。
西洋人は音全般を右脳でとらえ、雨や風、動物や鳥の鳴き声なども雑音として右脳で扱うということです。
日本では、「風」一つとっても、いろんな名前をつけていること、虫の音も鈴虫、松虫、クツワムシなど、ああ、面白い、虫の声と、音の違いを聞き分けることも、脳の働きなのですね。
だから、自然界の音をわびさびの世界に取り入れることができる感性が生まれるの
ですね。
大自然と調和して生きることが「一つの大きな命」と自然に感じられるのも、日本人
独特の脳の働きと感性が基盤にあるからではないでしょうか。
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赤崎教授の快挙〜和の精神・歳をとることは尊敬されること
日本の脳科学者である松本 元(まつもと げん、1940.11.24 – 2003.3.9)氏は、
神経細胞が巨大で観察しやすいヤリイカの人工飼育法の開発や神経細胞の研究、
そして脳型コンピュータの開発を手掛けた人です。
松本氏は、『愛は脳を活性化する』という著書の中で、以下のように述べています。
「脳にとっては、イメージが先で現実は後である。
出来たとイメージすれば、それができるように脳が働く。」
目の前の小さな夢でも、将来の大きな夢でも、まず自分がやり遂げた、
それが実現したと意識し、イメージすれば、それができるように、できるように
脳が働いてくれるということです。
昨夜は今年のノーベル物理学賞の発表のニュースで湧きました。
LEDは1960年代に赤や緑色が開発されてきましたが、光の三原色のうち青色は素材の結晶作りが難航したため、「20世紀中は無理」だと言われてきたのですね。
世界中の多くの研究者が手を引いていく中で、赤崎教授は「絶対あきらめなかった」と言っていました。
そして、86年に窒化ガリウムの結晶化に成功させ、その後世界で初めて青色LEDを実現したということです。
脳というのは偉大な働きをするものですね。
目先のことに一喜一憂せず、できると信じて、そうイメージしながら、
あきらめずにコツコツとやっていくことこそ、脳が応援してくれるのですね。
更に言えることは、赤崎教授(名城大学終身教授)が85歳というご高齢である
ということです。
「歳をとる」の「トシ」とは、ト(統合)をシ(示す)という言霊に語源があると
いうことです。
「歳をとる」ということは、環境からあらゆるものを取り込んで自分のものに消化
吸収することを意味します。
もともと歳をとることは、洞察力に優れ尊敬されることだったのです。
言霊の語源にも多くの学びがありますね。
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和風ウォーキングと言霊48文字カタカムナの響きの学び
ホームページをご覧ください。
和のこころ〜大自然との一つの大きな命
日本人は大自然と共に「一つの大きな命」として調和する民族でした。
しかし、いつの間にか、現代は科学技術の力で人間本位の快適さのみを追求し、
私たちを生かし恩恵を与えてくれる「目に見えないもの」に思いを馳せること、
「祈る」ことを忘れ去ってしまいました。
現在、「祈り」は、欧米では最先端の研究分野として、医療や医学の分野でその効果が報告されているそうです。
日本でも研究されていくことを期待したいですね。
DNA解明の世界的権威、筑波大学の村上名誉教授が言います。
教授は長年遺伝子という極小単位の精緻で絶妙なる存在と機能を目の当たりにして
きました。
そこには、人智をはるかに超えた叡智を感じ、
目には見えないけれども「大いなる何か」=「 サムシンググレート 」が
確実に存在することを実感してきたそうです。
そして、その「大いなる何か」=「 サムシンググレート 」に
畏敬の念や祈りを捧げるようになったそうです。
大自然と共に「一つの大きな命」「一つの宇宙」として調和して生きてきた先人たち
のように、今一度、現代人は本来の生きる立ち位置に戻っていきたいですね。
和文字48文字に溢れるエネルギー「カタカムナ」
人が二人以上集まると、個人のエネルギーを超える
第三のエネルギーが生み出されるといわれています。
思い当たることってありますよね。
以下のことは、『グレート・シフト』(リー・キャロル ほか)の中で紹介でされて
いるものです。
ソ連政府(ゴルバチョフ第一書記時代 )がエストニアにおけるデモを鎮圧するために
戦車を出動させた時のことです。
エストニアの人々は争うかわりに皆で歌を歌うことにしたのだそうです。
哀れみと非暴力の心境で数百人、数千人の人々が、ある時には百万人の人々が
同時に力を合わせて、同じ意図を持って歌いました。
そのエネルギーが結集して、攻撃するために集まった兵士たちの心の鎧を貫通し、
兵士の心を開き、同じ人間に銃を向けている自分の姿に気づき、
計画された軍事行動は放棄せざるを得なくなったということです。
人間の声には感情、思念形態、微妙なエネルギーを伝達する能力があり、
声に意図を伴うと、声だけでは出せない能力を発揮するそうです。
ある思念を持って大勢の人の歌声が一つになったとき、相手の兵士の心を貫通する
ほどの愛のエネルギーが大きく沸き上がってくるということなのですね。

日本語も「言霊」といわれるように、発する言葉の響きが宇宙にまで届くといわれています。
もっと日本語の一つ一つの言葉の響きを理解して、愛の思いで日本語を発することができたら、しかも大勢の人が使いこなすことができたなら、
銃を持ったソ連の兵士たちの心の鎧を溶かすような、そういうことができるのでは
ないかと思います。
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「カタカムナ」というのをご存知ですか。
日本語には、ひらがな、カタカナ、漢字の三つの表現方法がありますが、
世界中のどんな言語でも表現できるという日本語(和文字48文字)の中のカタカナ。
その原点である「カタカムナ」について講師を招いて学んでみようと思っています。
ご興味がありましたら、ご一緒にいかがですか。
和風ウォーキング(ナンバ歩き)〜アンチエイジング&ダイエット〜も
楽しんでいただく予定です。














