【七十二候から】25 「蟷螂(かまきり)生ず」
【七十二候から】25
「蟷螂(かまきり)生ず」
皆様、おはようございます。
昨日は「芒種(ぼうしゅ)」、そして「蟷螂生ず 」日。
二十四節気の一つ「芒種」は、稲や麦など穂の出る植物の種を蒔く頃です。
稲の穂先にある針のような突起を「芒(のぎ)」というところからきています。
ちょうど季節はカマキリが生まれ出る頃。
カマキリは、育ち始めた稲や野菜の葉に手をつけずに、
害虫を捕まえてくれます。
人にとっては、田畑のヒーローです。
自然とはうまくしたものですね。
ちゃんバランスをとってくれています。
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京都の祇園祭では、
からくり仕掛けのカマキリを 乗せた「蟷螂山(とうろうやま)」、
別名「かまきり山」という山車があるそうですね。
祇園祭でカマキリは、神の能力を持つもの、神の使者として崇められています。
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カマキリがカマを振り上げて強いものに立ち向かう勇壮な姿は武勇伝にもなぞらえています。
南北朝時代の足利義詮と戦って死んだ四条隆資家では、
後に御所車にカマキリを乗せて巡行したということです。
これが 祇園祭の山車「蟷螂山(とうろうやま)」の始まりです。
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元々は、中国の春秋時代の故事「蟷螂の斧(とうろうのおの)」に由来しています。
斉の荘公が乗る馬車の前にカマキリが現れ、カマを振り上げて立ち向かってきたというのです。
荘公はその雄々しい姿に感動し、馬車でカマキリを踏まないように、
馬車を翻し違う道を通ったということです。
弱き者でも我が身を挺して全力で挑む姿に心打たれたのでしょう。
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皆様、今週もすべては完璧、大成就でありますように。
健やかにお過ごしくださいませ。
【七十二候から】24 「麦秋至る」
【七十二候から】24
「麦秋至る」
皆様、おはようございます。
麦が熟して収穫するのはこの季節なのですね。
「麦の秋」と呼ばれます。
麦畑は一面の黄金の色。
麦秋に吹き渡る風を「麦の秋風」とか「麦嵐」といい、
この頃に降る雨は「麦雨(ばくう)」というそうです。
学生は明日から夏服に「衣替え」ですね。
中学の頃、自転車に乗りながら、
近所の麦畑の風を感じながら通学したのを思い出します。
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麦畑はめっきり減ってしまいましたね。
郷里の麦畑の風景もなくなってしまいましたが、
いつも目には浮かぶものです・・。
「ふるさとは遠くにありて思ふもの・・・」
ふるさとの風景はいつも心の中で生き続けていますね。
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皆様、今日もすべては完璧、大成就でありますように。
被災地の皆様の安寧とご無事をお祈りしております。
【七十二候から】23 「紅花栄う」
【七十二候から】23
「紅花栄う(べにばな さかう)」
皆様、おはようございます。
紅花が一面に咲く頃とされています。
紅花は山形の県花。
紅花は「見てよし、染めてよし、食べてよし」といわれます。
カルサミン(赤)とサフロールイエロー(黄)の二つの天然色素が美しい紅花染めを作ります。
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紅花は女性には馴染み深い口紅の染料でもありますね。
江戸時代には「紅一匁(もんめ)金一匁」といわれるほど、高価なものであったようです。
女性が鏡の前で薬指でそっと「紅を差す」なんて、
大和撫子の麗しい姿をイメージさせてくれます。
高価なものゆえ、
うきうきしながら、
紅を差した時のお顔がパッと輝く様子が目に浮かびますね。
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女性はいつもオシャレをして、輝いていたいものです。
雨の朝を迎えましたね。
皆様、今日もすべては完璧、大成就でありますように。
薔薇大好き〜可愛い順子先生♡
【心豊かな時間を「薔薇とオペラの集い」で】
皆様、おはようございます。
マザーズタッチを提唱されておられる総合美容家峰順子先生。
惜しみなく与えるお母さんの無償の愛。
それこそが自分を癒し、人を癒し、みんなを幸せに導いていきます。
峰先生のアカデミーは、すべてがマザーズタッチの考え方がベースになっています。
峰先生は、無類の薔薇の愛好家でもあります。
ご自身のお誕生日の頃、
高崎のバラ園で愛情いっぱいに育てた薔薇を摘み取ってきて、
毎年薔薇のパーティーをなさっていらっしゃいます。
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「薔薇とオペラの集い」目黒雅叙園にて。
昨日の夜、ご一緒くださいました皆様、ありがとうございました。
心豊かな楽しいひと時を過ごさせていただきましたね。
・オペラの夕べ〜スペシャルコンサート〜
峰先生のお嬢さんはじめ、素晴らしいオペラと演奏でした。
・フレンチのコース
・アール・グラージュの絵画の鑑賞
奥川美智子さんのおじいさま(歌舞伎俳優の絵を手がけた)の絵を
アール・グラージュという手法で再現。
音楽と光の陰影の中で名画が蘇る。
おじいさまと中村芝翫丈
おじいさまの絵をアール・グラージュに
・望月敏正博士のお話「世界中の人々を痛みから解放したい」
・峰順子先生のお話「総合美容40年で培った美・健康・心から考える素敵な女性のあり方」
幸せに一度きりの人生を楽しみましょう。
どんな時代がこようが、どんなことが起きようが、慌てず乗り越えていきましょう。
今年のティラヴィー新年会・八芳園にて
数々の薔薇が各テーブルの上で輝き、薔薇や素敵なプレゼントなどをたくさんいただいて
帰路につきました。
いただいた薔薇は和のたしな美庵でも輝いています。
いい香りです。
惜しみなく与えるマザーズタッチを提唱する峰先生の周りには
いつもたくさんの人が集いますね。
みんなの憧れの的です。
「マザーズタッチ」は、
お母さんの温かく包み込んでくれる、優しく幸せいっぱいの、与えるのみの愛、
「無償の愛」のことです。
見返りを求めない愛のこと。
「美しい人は、人を楽しませるのも、喜ばせるのも上手。」
「気遣いが自然にできる人になることが理想ですね。」
「いつも明るく元気に、一度しかない人生を楽しんでいきましょう。」と・・・。
たくさんのパワーをいただきました。
峰 順子先生、峰社長、そしてスタッフの皆様、
アカデミー卒業生の皆様、ありがとうございました。
髙橋 珠美さん、写真をありがとうございました。
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峰先生のブログをご紹介します。
「峰順子の素敵な美容人生」
東をどり〜洗練された江戸の粋〜
【東をどり】
皆様、おはようございます。
新橋演舞場で年1回開催。(戦後、春秋の年に2回開催もありました)。
今年は92回目となります。
新橋芸者の技芸向上のお披露目の会「東をどり」。
今もなお伝統を守り続ける美しい艶やかな踊りです。
今年も開催時期を迎え、”和のたしな美塾”で行ってまいりました。
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唄三味線、鳴り物もすべて芸者さんがつとめます。
やはり「粋」という言葉がぴったり。
惚れ惚れするような黒のお揃いの衣装。
舞台に立つ芸者さんたちは毎回いろんな踊りで楽しませてくれます。
とにかく艶やかで美しい~~。
江戸時代の1857(安政4)年に銀座8丁目の三味線の師匠が開業した料理茶屋が始まりの新橋芸者。
「柳新二橋」と呼ばれ、柳橋の芸者と双璧をなした時を経て、
今は独り、東京の花街の伝統を守り続けています。
↓ 写真2枚・国府田幾美さん撮影
新橋は幕末安政年間に生まれた花街です。
革新の街として、芸者衆は技芸の向上につとめてきました。
それまで長い伝統を誇っていた柳橋と肩を並べ、
「柳新二橋」と呼ばれるほどになりました。
↓ 写真2枚・真下吉弘さん撮影
新橋芸者は、流行のファシリテーターとして活躍していきました。
吉原の花魁が江戸ファッションのリーダーだったように。
新橋には、政治家、文化人、画家など多くの知識人が集まりました。
板垣退助や伊藤博文も有名どころです。
双璧を競っていた柳橋は、
東京オリンピック招致のために岡場所が埋め立てられ、花柳界から消えていきました。
残念なことです。
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毎年趣向を凝らした舞台。
今年は、傘づくしの舞をたくさん楽しみました。
編笠、菅笠、花笠・・・、日本各地のお祭りの中でも使われていますね。
「傘」は大陸から渡来して日本独自の発展してきたもの。
雨や風をしのぐ実用的な生活用品であるとともに、
伝統工芸品として、舞踊やお芝居の小道具として、使われています。
舞台最後のフィナーレはやはり全員が黒の出衣装で正座している姿は圧巻でした。
美しい舞台、優美な所作、唄三味線・鳴り物も粋。
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夏には若手芸者の「なでしこの会」があります。
ぜひまたご一緒しましょう。
皆様、楽しいひと時をありがとうございました。
【七十二候から】22 「蚕起きて桑を食う」
【七十二候から】22
「蚕起きて桑を食う」
皆様、おはようございます。
今日は「小満」、そして
七十二候の第二十二候「蚕起きて桑を食う 」日。
「小満」は山海草木、日を浴びて輝きを増していく季節です。
蚕が食べる桑の木も緑を増して柔らかい葉が育ち、蚕がそれをお腹いっぱい食べて育つ頃ですね。
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「お蚕さん」を育てていた日本の環境はすっかり変わってしまいましたね。
日本の製糸業は明治時代に殖産興業として発展し、
日本は1900年頃から中国を抜いて世界一の生糸輸出国になったといいます。
1929年の世界恐慌は、日本の一番の生糸輸出国であったアメリカに変化をもたらしました。
アメリカでは日本の生糸を買わなくなり、代わりにナイロンを自国で作り始めたのです。
低価格で大量生産される化学繊維がいつの間にか市場を大きく変えていきました。
日本から「お蚕さん」を育てる環境がどんどん無くなっていきました。
今では絹糸の多くは輸入に頼っていますよね。
本当に、寂しい限りです。
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こんな嬉しいお話があります。
皇居の紅葉山御養蚕所で蚕が育てられている「小石丸」という蚕の糸の太さが
古代の糸に近いことから、正倉院に保存されている織物の復元に使われたということです。
蚕にも、糸の太さにも、いろいろな種類があるのですね。
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蚕は自分の小さな体を使って、美しい絹糸となる繭を紡ぎ出すって、
神秘的ですね。
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皆様、今日もすべては完璧、大成就でありますように。
被災地の皆様の安寧とご無事をお祈りしております。
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写真:日本刺繍家田中京子さんの作品 「帯留」の数々
日本の神様6「伊邪那岐命」
皆様、おはようございます。
いよいよ私たちにおなじみの神様の登場です。
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「神代七代」の最後に現れた二柱の神々、
男神と女神として初めてこの世に現れたのが
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)です。
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彼らは夫婦となって、日本列島の八つの島を生み(「国生み」)、
次に荒涼としたこの日本列島の大地を豊かにするために、
海、山、水、土、風、木、穀物などの自然の神々を
次々と生んでいきました(「神生み」)。
35柱もの神々を生んだのです。
彼らは大地を農耕に適した肥沃な土地に創り上げていきました。
日本国は「豊葦原の瑞穂の国」と呼ばれていますね。
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『古事記』『日本書紀』には、我が国のことを
「大八州(おおやしま)」
「豊葦原瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに)」
「葦原中国(あしはらのなかつくに)」
などと呼んでいたと書かれています。
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「豊葦原の瑞穂の国」とは、
水が豊富でみずみずしい稲穂が実る国という意味なのです。
それは彼らが万物を生成したおかげなのですね。
この素晴らしい我が国の大自然を大切にしていくのが私たちの使命でもあります。
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伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、すべての人が持っている男性性の象徴であるといいます。
人類を含む生き物の多くは、男性性と女性性の融合で成り立っています。
光と闇、男性と女性、陰と陽など、二つの両極があって、これがバランスよく調和されて、
万物が成り立っているとも言えます。
互いを尊重し合うことは互いを生かすことでもあり、
それが進化していくことでもありますね。
(写真:ウィキペディアより)
「天瓊を以て滄海を探るの図」(小林永濯 画)
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伊邪那岐命が祀られている神社
多賀大社(滋賀県犬上郡)
伊弉諾神宮(兵庫県淡路市)など
日本の神様5「国之常立神」
【日本の神様5】
皆様、おはようございます。
今まで登場してきた神々五神を神五柱(いつはしら)と呼びます。
天地が現れて早い時期に成った特別な神様たちということで、別天神(ことあまつかみ)ともいわれます。
『古事記』では、次に登場する神々の時代を「神代七代」と呼びます。
その最初に現れたのが「国之常立神(くにのとこたちのかみ)」です。
国土がまだどろどろの状態の中で人間が住む大地を創った神です。
国之常立神は、国土がまだ混沌としている状態のときに登場し、
泥土を凝集させて生命力(神霊)が宿る大地を形成したとされています。
この大地の上で人間は生きて、さまざまな経験を積み重ねていきます。
この大地は私たち人間が魂の旅をする場所ですね。
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「神様カード」によれば、我を忘れて役を演じることに没頭してしまっている私たちを、
国之常立神(くにのとこたちのかみ)は笑って、気づかせてくれるといいます。
大地の上で色々な役を演じていることを忘れ、
その役そのものを自分だと思い込んで生きているのが私たちです。
舞台から客席に降りて、無心になって自分を客観視してみましょう。
日々背負っている重荷を下ろし、身も心も軽くなりましょう。
無垢な心に戻った時、
今までとは違う次元へ上昇するチャンスが到来します。
私たちは無限の可能性を持っているのですもの。
次のステップへと次元上昇しましょう。
紫色の染料は多年草ムラサキから
【紫色はムラサキから】
天然の染料ムラサキ。
丘陵の草地などに生える多年草です。
聖徳太子の時代に
冠位十二階で定められた最高位の色は紫でした。
紫でも濃い紫は最上位の色だったとか。
殊に位の高い人の衣服や冠には濃い紫色が使われました。
この紫色の原料が野草のムラサキの根、紫根です。
ムラサキの花は白色なのですよ。意外ですね。
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「手に摘みていつしかも見む紫の
根にかよひける 野邊の若草」
(源氏物語第五帖「若紫」)
「紫」は義理の母親藤壺のこと。
「根にかよひける」は根で繋がる血縁関係を表し、
「若草」はまだ幼い美少女、後の源氏最愛の女性、紫の上のことです。
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このように王朝時代からムラサキの花は、文学にも登場し、
また染料としても使われていました。
濃い紫色に染め上げるには、大量のムラサキを用いたと、
平安中期に編纂された『延喜式』の巻十四「縫殿寮(ぬいどのつかさ)」の
「雑染用度(ざっせんようど)」に記載があります。
このムラサキを朝廷に献納するために全国で競って栽培されたようですが、
土が合わない地域もあり、栽培地は東は常陸、相模、武蔵、信濃、
西は太宰府、日向だったようです。
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ちなみに、紫根に含まれるシコニンという紫色の色素成分から
江戸時代の医師華岡青洲(1760-1835)が創薬した紫雲膏(しうんこう)は、
今でもやけど、傷、痔の薬として使われているそうです。
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現在、このムラサキは全国的に生存の危機にさらされています。
絶滅寸前種に指定されているところの一つは京都府です。
王朝時代から親しまれてきた花ムラサキ。
また日本の地でふたたび蘇ってほしいものですね。
(参考資料・写真:同門5月号「京都北山 花景色」松谷茂)
紫色の結城紬
【七十二候から】21 「竹笋(たけのこ)生ず」
【七十二候から】21
「竹笋(たけのこ)生ず」
皆様、おはようございます。
立夏の末候、筍がひょっこり出てくる頃とされていますね。
でも、皆様ももうたくさん筍を召し上がったと思います。
私も、今年はたくさん筍をいただきました。
筍のお刺身をわさび醤油で、というのも美味しいですね~。
筍ご飯、若筍煮、お吸い物など、
皆さんもきっと楽しまれたことでしょう。
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春先3月には孟宗竹という種類の筍が旬、
その後、長野県の天龍村では破竹筍破竹筍(はちこ)が、
5月、6月は真竹が旬を迎えます。
春の味の筍、しばらく楽しめそうです。
季節を味わうって、嬉しいですね。
おかげさまで「和のたしな美フェア」を楽しみました。
ありがとうございました。
http://derivejapan.com/blog/fair/
皆様、今週もすべては完璧、大成就でありますように。
被災地の皆様のご無事を心からお祈りしております。