「ノア 約束の舟」
おはようございます。
ラッセル・クロウ主演映画『ノア 約束の舟』はご覧になりましたか。
ノアの家族が作り上げた箱舟に、地上のすべての動物たちのつがいが
乗り込むシーンには感動しました。
リアルで壮大な映像は素晴らしかったです。
次の世界を創る希望として、動物たちは神から選ばれたのですね。
日本の農家ではかつて牛や馬と一緒に暮らしていたことを思い出しました。
彼らは農耕には欠かせない家畜であり、仲間だったのです。
私が小さい頃も、そんな家がまだ残っていました。
牛や馬が田んぼで働いているところも見たことがあります。
岩手盛岡市周辺では、「チャグチャグ馬っこ」という
農耕馬の勤労をねぎらい感謝するお祭りがあります。
この日は馬の安息日。
馬に華やかな飾り鈴をつけて、着飾った幼い子を馬の上に乗せて、市内を練り歩くのです。
そういえば、馬や牛の郷土玩具も東北には多数ありますね。
お馬さん、ありがとう。
牛さん、ありがとう。
壁一つ隔てたところでともに寝起きして、ともに生活をして、
そんな思いが溢れていたのでしょうね。
子どもたちは動物が大好きです。
純粋な心で彼らと向き合えます。
決して動物も損得など考えるわけがありません。
邪心もありません。
ノアの宿敵トバル・カインは人間がこの世界の絶対の支配者だと言い、
ノアとは対照的な人物として描かれていました。
私はトバル・カインとは違う。
果たして、自分もそうではないと言い切れるでしょうか。
人の心の中には多数の思いが混在しています。
自然と調和し共生してきた日本の先人たちの生き方を思い返すとき、
心の中は平和と穏やかさで満たされてきます。
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
心優しい一週間となりますように。
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“和のたしな美塾” 講座
7月7日浴衣のたしな美
7月19日は天活塾
7月24日江戸女性の美学
男性はいなせに、女性はあでやかに。
詳しくはこちらをご覧ください。
→→ http://derivejapan.com/course/
「杜氏(とうじ)」の語源は。
おはようございます。
日本酒の発祥を見てみましょう。昨日の記事はこちらです。
宮崎県西都市の都萬(つま)神社には、
木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)が三人の御子に甘酒を作ってお乳替わりに飲ませ
たという伝説が残っていることから、この地が「日本酒発祥の地」とも言われるそう
です。
その周辺には木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)と邇邇芸命(ニニギノミコト)が
結婚生活をおくったといわれる伝承地が残っているということです。
『日本書紀』によれば、「木花咲耶姫がお米で祝い酒をつくり、お供えした」と
あって、このときの祝い酒が、現在のお神酒の始まりとされているということです。
この記述からも木花咲耶姫が初めて日本酒を作られたということが言われているの
ですね。
さて、若い未婚の女性が作る「口噛み酒」ですが、
「大隈国風土記」では神祭りに使われていたということですが、
その後は姿を消してしまったようです。
でも、女性がお酒を作るという、日本人独特の女性崇拝の伝統は
明治以前まで続いていたということです。
この伝統は「杜氏(とうじ)」という言葉にも表れています。
これは、「刀自(とうじ)」という老婆や一家の主婦の尊称から、
また「家室(いえうじ)」という一家の主婦によって
日常の酒づくりが女性によってなされたことを物語っています。
奈良時代、中国から伝わった麹を発酵させてお米から日本酒を醸造してきたわけですが、
元々は女性が生み出してきたということは興味深いですね。
そのほかに、天然の木の実が発酵することからヒントを得て、
ぶどう酒も古くから中国地方では作られていたようです。
須佐之男命(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に飲ませたお酒は
ぶどう酒だったという説もあります。
『古事記』や『日本書紀』には、「八塩折(やしおり)の酒」を飲ませて、オロチを酔わせて退治したとあります。
八回も重ねて醸造したとろとろのお酒だったそうです。
神話とお酒、稲作とお神酒。
日本独自の女性崇拝の伝統。
日本の風土に合った日本酒は独特の伝統があるのですね。
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
楽しい週末をお過ごしになりますように。
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“和のたしな美塾” 講座
7月7日浴衣のたしな美
7月24日江戸女性の美学
男性はいなせに、女性はあでやかに。
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お酒づくりの「醸す」の語源は。
おはようございます。
お酒を醸造するといいますね。
「醸造」は「醸(かも)す」という言葉を使い、
語源は「噛(か)む」からきています。
最も原始的なお酒は、お米を口で噛んだものを吐き出して、
それを一定期間蓄えてつくったということです。
それは唾液の酵素の働きを利用したものですね。
「大隈国風土記」にも、口噛みのお酒の記述があります。
こうした口噛みのお酒作りはすべて女性によって行われました。
殊に、神のお祀りのときに捧げる「神酒(みき)」は、
若い未婚の女性が噛んだお酒でなければならなかったということです。
もともと田植えは早乙女が行う風習があったり、
蚕の糸も若い女性の唾液を使ってつむいだりと、
そんな話を聞いたことがあります。
日本には独特の女性崇拝の信仰があったと考えられます。
明日もこの続きをお話します。
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
心踊る一日になりますように。
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7月7日浴衣のたしな美
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黒船ペリーが見た日本女性
おはようございます。
日本が鎖国を経て、開国間もない頃、外国人から日本女性がどのように見えたのでしょうか。
ペリーが黒船に乗って浦賀沖にやってきた時、こんなことを言っています。
ペリーは『日本遠征記』の中で
「日本の社会には、他の東洋諸国民にまさる日本人民の美点を明らかにしている一特質がある。
それは女が伴侶として認められていて、単なる奴隷として待遇されてはいないことである。」
と言っています。
女性の地位も比較的高いとの尊敬を受け、しかも、謙譲の美徳も感じられると、
なかなかの評判だったようです。
でも、気になった点として、女性の「おはぐろ」が挙げられました。
女性は婚約後おはぐろで歯を黒く染めたのですね。
どうもペリーは、未来の花婿も花嫁の黒い歯を見て嫌になるのではと、
日本人男性への同情の意を表していたようです。
日本女性の立ち振る舞い、外国人から見ても素晴らしかったようです。
日本の女性の皆様、これからも自信を持っていきましょう。
ますますご自分を磨いていってくださいね。
男性の皆様、これからも女性を支えてくださいね。
女性は男性の協力なくしては、輝くことができないのですから。
7月7日(月)の浴衣のたしな美では、着物の基本となる浴衣を通して、
日常のたしな美を考えていきます。
7月24日(木)の”和のたしな美塾”は、
江戸女性のお洒落を見ながら、彼らの美学をさぐります。
そして、現代女性に活かす美しさを考えていきます。
男性にも女性にも、役に立つと思いますよ。
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
心穏やかな一日になりますように。
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“和のたしな美塾” 講座
7月7日浴衣のたしな美
7月24日江戸女性の美学
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宮本喜恵子改め宮本季依〜自然への回帰〜
おはようございます。
宮本喜恵子 改め 宮本季依 となりました。
どうぞよろしくお願いいたします。
日本の繊細な四季から「季」の字と
「衣」「着物」を表す「依」の字で、
自然に回帰するようなイメージから創りました。
ホームページのタイトル「Derivejapan(ディライヴ・ジャパン)」の
”Derive”(ディライヴ)とは、
「物事には由来や起源があるのでそれを探っていく」
つまり、
「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」
「温故知新」と思っています。
これからは「温故知新」を更に進めて、
未来を創っていくことになりますね。
四季の中で育まれた日本人の気質。
日本の気候風土の中で生まれた着物。
心穏やかな、豊かで優しくて調和に富んだ国日本。
その自然への回帰の思いを込めて。
桜の花びらがはらはらと舞い降りるとき、
皆様に愛と希望をもたらしますように、
いつもそういう願いを込めながら、
今後とも”和のたしな美塾”を行っていきたいと思っています。
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
微笑みが溢れる一日になりますように。
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“和のたしな美塾” 講座
7月7日は浴衣のたしな美です。
男性はいなせに、女性はあでやかに。
若々しく見えるポーズとメイク、
和食のテーブルマナーなどを行います。
詳しくはこちらをご覧ください。
→→ http://derivejapan.com/course/
信長の驚き
おはようございます。
6月22日放映のNHK大河ドラマ『軍師官兵衛』はご覧になりましたか。
信長に拝謁した宣教師が黒人を連れてきました。
さすがの信長も、その若者の姿を見て大変驚いていました。
どこから来たのかと、尋ねると、
黒人の青年は、見せられた地球儀から、アフリカの一部を指差しました。
信長は世界は驚きに満ちあふれている。
世界をこの目で見てみたいと、大きな夢を抱きます。
ヨーロッパと日本の交通が開かれたのは、天文12年(1543)に
種子島にポルトガル人が漂流してからのことです。
日本に初めて黒人が来たのは、やはりその後だったそうです。
ポルトガル人が黒人を奴隷として使っていたからなのですね。
日本人が初めて黒人を見たとき、
姿かたちだけではなく、墨を塗ったような肌の色は、
日本人にとっては到底信じがたかったようです。
わざわざ黒人を見物するためにかなり遠くの地方からやってきて、
3日も4日もそのうわさで持ち切りだったと、
天文15年、薩摩の山川港に来航したジョルジ・アルワレスが報告しています。
その噂を聞いた信長も、黒人をバリニアニ人から黒人を譲り受け、従者の列にくわえていったそうです。(『信長公記』)
信長も、その肌の色が生まれつきのものだといわれても信じることができなかったようです。
上半身を裸にして何度も洗ったところ、黒い漆を塗ったようになってしまったとか。
あの信長さえもそれまでに目にしたことがないものへの驚きを読み取ることができます。
今まで経験したことのないことが起こった場合、
どう対処するか、どう反応するか、
なかなかこの例からも興味深いものがありますね。
そういうこともあろうと、受容するか、
世にも奇妙なことと否定的にとらえるか、
捉え方によって人生は大きく変わってきますね。
そういうこともありだと、大きな度量を持っていきたいものです。
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
微笑みが溢れる一日になりますように。
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“和のたしな美塾” 講座
7月7日は浴衣のたしな美です。
男性はいなせに、女性はあでやかに。
若々しく見えるポーズとメイク、
和食のテーブルマナーなどを行います。
詳しくはこちらをご覧ください。
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江戸のエコ社会から生まれた「冷やかす」
おはようございます。
“和のたしな美塾”講座 明日20日は、
「江戸庶民の生活術に学ぶ
『環境に優しいエコな生活創作術』」と題して、
講座を行います。
「冷やかし」「冷やかす」という言葉も、
江戸のエコ社会から生まれた言葉です。
講座の一端をご紹介します。
日本では紙は大変貴重なものでした。
紙が日本に伝わったのは、538年。
朝鮮半島を経て中国から伝わったのです。
そのとき一緒に伝わったのは、仏教、筆や墨。 仏教とともに日本にやってきたという長い歴史を有していますね。
江戸時代もやはり紙は非常に貴重なものだったのです。
寺子屋では半紙を表裏真っ黒になるまで使い、
その後、「紙屑買い屋」がやってきて、半紙を回収し、それが再生されていきました。
「紙屑買い屋」がちゃんとした商売として成り立つほど、
この時代にはれっきとした商売として世の中で需要があったのですね。
回収された紙屑は浅草に集められ、大きな釜で煮てドロドロの状態にした後に、
枠に入れて引き延ばします。
紙すき職人は紙の材料を水に冷やす間、
一時(二時間)ほど手があくので、
その間に吉原をぞめき歩いたのです。
日本堤があった山谷堀がこの頃は清流で、紙すきが行われていたのですね。
「浅草海苔」はこの紙すきの成型法を取り入れて作ったといわれています。
吉原を覗き見していた紙すき職人たちは、
紙が冷えた頃にまた戻らなければならなかったので、
吉原者からは「冷やかし客」と言われ、相手にもされなかったということです。
「冷やかす」「冷やかし」は、
今では買う意思もないのに商品をあれこれ見ることをいいますが、
語源をたどれば、
紙屑買い屋、浅草の紙すき、吉原と、当時の情景が浮かんできますね。
どうぞ講座に遊びにいらしてくださいね。
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
微笑みが溢れる一日になりますように。
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“和のたしな美塾” 講座。
6月20日は、
江戸庶民の「環境に優しいエコな生活術」から 女性の生き方を学ぶ。
☆メルマガご登録の方、講座料10%割引
詳しくはこちらをご覧ください。
→→ http://derivejapan.com/course/
折り合いをつけて生きてきた日本人
おはようございます。
外国人が撮影した100年前の日本の風景の写真を見て、
日本人は何を得て、何を失ったかと問われれば、
複雑な思いにだれしもとらわれるものだと思います。
東日本大震災以来、どうしても目をつぶれない大きな問題に日本は直面しています。
そして、国内外を見回しても心配事はいっぱいあります。
昨日投稿した江戸の循環型社会について考える上においても、
人によってさまざまな捉え方があると思います。
さて、日本には「折り合いをつける」という言葉がありますね。
「折り合いをつける」というのは、
譲り合って解決すること。
人と人との関係を良くすること。
ですね。
更に、日本はお米や農作物をつくる上で、自然との「折り合いをつける」ことを
うまくやってきた民族だと思うのです。
決して対立したり、征服したりしてきたのではないのです。
日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
のように、
穀物の実りの大事な時期に長雨や雹(ひょう)が降ったり、
突然霜が降りても、大自然の力に人間はかないません。
お米の花が咲くころに台風や潮の被害があって、お米の花が受粉できなかったとしても、人間の力は到底及びません。
おろおろして、涙を流すだけです。

日本人の気質を幾つか挙げてみます。
勤勉、真面目で、忍耐力に富み、相手に対してへりくだることを美徳とすること。
すべてを包み込んでしまう寛容さを持ち合わせていること。
生きとし生けるもののすべてに神性が内在することを無意識に認めていること。
争いを嫌い、和を尊び、大自然を愛していること。
これは自然との共生と調和の中で育まれた私たちのDNAがそうさせるのだと思います。
日本の「折り合いをつける」という言葉は、
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい
~宮澤賢治の「雨ニモマケズ」から~
にもよく表れていますね。
日の出とともに起きて、太陽に向かって柏手を打ってお天道様を拝していた日本人の姿に、外国の人はだれしも心を打たれ、畏敬の念をもったということです。
天地自然の中で生かされていることを先人たちはよく知っていました。
街灯がない時代、満月の明かりで用事を済ませることができて、ありがたい。
お米も作物もみんなお天道様のおかげで、ありがたい。
食する魚や肉も、その命をいただいて、ありがたい。
そんなことを見直すことこそ、今現代人は必要なのではないでしょうか。
私は思うのです。
いつも歩く足下の道、乗る電車、仕事をしている建物やオフィス、
机や備品に至るまで、
「ありがとう」を言ってあげていますか。
いつも憤りや不満などばかりをぶつけてはいませんか。
みんな存在を認めてもらい、感謝されたら嬉しいのです。
周りのものに「ありがとう」を言い続けているだけで、
もう日が暮れてしまいそうです・・(笑)。
“和のたしな美塾”講座はそういう先人の心を大切にしたいと思っています。
そういうことをともに学びたいと共感くださる方をお待ちしています。
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
「ありがとう」が溢れる一日になりますように。
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“和のたしな美塾” 講座。
6月20日は、
江戸庶民の「環境に優しいエコな生活術」から
女性の生き方を学ぶ。
☆メルマガご登録の方、講座料10%割引
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江戸の循環型社会を見つめよう
おはようございます。
『江戸の女性の自由でぶれない生き方講座』
私が作成しました小本『江戸の女性が大切にしていた八つの知恵』
をベースにして、今年の2月から講座を始めました。
大勢の方にご支援をいただき、少しずつ歩み始めています。
心から感謝しています。ありがとうございます。
講座の内容は、日本のこころを思い出す教養講座と、
江戸商人が大切にしていた人との関わりのポイントなどもロールプレイングの中で
織り込みながらの実践講座を行っています。
今月は、私たちの生活や生活の見直しに役に立つものをと考えまして、
江戸庶民の生活術に学ぶ
「環境に優しいエコな生活創作術」と題して、
日時:6月20日(金)午後2:00~4:30
場所:東京都渋谷区恵比寿4-4-11「備屋珈琲店」恵比寿店
→ https://www.facebook.com/events/290432257798304/
を行います。
お米は日本人にとって大切な食べ物ですが、
江戸の人たちは藁(わら)の用途にもいろんな工夫をしていたのです。
今日はそんなご紹介をします。
江戸時代には、藁がなるべく多くとれる品種づくりをしていました。
現代は、藁があまり出ないものに品種改良をしているのですが、
江戸時代には藁を最大限利用したのですね。
藁の半分を堆厩肥(たいきゅうひ)として、3割を燃料として、あとの2割を藁製品として用いたのです。
藁製品には、敷物、履物、米そのものを詰める俵、都市江戸でも男の履物としてのわらじや草履などがありました。
燃料は燃やすと藁灰になって、農家は田畑に肥料として入れたり、灰を買う商売の人、灰買い屋が来て、紙すきだとか、釉薬(うわぐすり)にもしました。
はきつぶしたわらじや草履は、町の辻に捨てる集積所があり、それもまた堆肥にしたり、お風呂屋さんが燃料にしたりしました。
見事な循環型社会を営んでいた時代が、
今から160年ぐらい前まではあったのです。
まるで絵空事のように思われがちですが、
未来の日本や地球を考えれば、いろいろ考えていくことが必要な気がします。
身近なことから何かご一緒に考えてみませんか。
心豊かな微笑みの一日になりますように。
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“和のたしな美塾” 講座。
6月20日は、
江戸庶民の「環境に優しいエコな生活術」から
女性の生き方を学ぶ。
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青梅の嬉しさ
おはようございます。
青梅を打てば かつ散る青葉哉 (与謝蕪村)
この梅雨の季節。
青梅の季節でもありますね。
ウメの実はあっという間に大きくなります。
思わず手に取って口にほおばりたくなります。
おばあちゃんに、おなかをこわすので食べないようにと、
言われませんでしたか。
青梅を梅干しにしたり、
梅酒を作ったり、
砂糖で煮て煮梅やジャムにしたり、
毎年楽しみにしている人も多いことでしょう。
梅雨の時期のうっとうしさの中で、
滋味豊かに味わえる楽しみを自然は与えてくれたのですね。
ウメはサクラの親族。
バラ科のサクラ属の落葉高木です。
ウメの栽培は江戸時代以降に発達したそうです。
明治の末期には300以上の品種に達しました。
現在出回っている品種の中で最も大きいのは豊後のウメです。
直径が5センチ。
逆に小さいのは甲州ウメです。「コウメ」とも呼ばれます。
「小梅ちゃん」という甘酸っぱいキャンディーも、
ひところ人気でしたよね。
甘酸っぱさも疲労回復になりますね。
今年の梅干しや梅酒を楽しみに、過ごしていきたいですね。
本日もお読みくださいまして、ありがとうございました。
佳き一週間になりますように。
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6月20日は、
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7月7日は浴衣のたしな美で、
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