江戸にもあったブランド野菜
おはようございます。
江戸時代には、「駒込茄子」「練馬大根」「谷中生姜」など、
地名と野菜の名前を組み合わせた野菜のブランド化が
起こったということです。
「練馬大根」なら聞いたことがあるけど・・。
「駒込茄子」は、巾着茄子と呼ばれるぷっくりとした形が特徴だったそうです。
夏の野菜といえば「茗荷の子」。
これも有名だったのが「早稲田茗荷」でした。
早稲田のあたりが一面茗荷畑だったなんて、今では信じられませんね。
茗荷はたくさん食べると物忘れをすると言われていますね。
これは釈迦の弟子の槃特が
自分の名前さえ忘れてしまうほど愚鈍で、
彼の墓所には茗荷が植えられていたために、
そう言われるようになったのだそうです。
茗荷を食べたから物忘れが激しくなるというわけではなさそうですね。
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
暑さには気を付けてをお過ごしくださいませ。
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“和のたしな美塾” 講座
7月19日(土)
天職発掘 最強天活塾 ゲスト講師として
午後3時~銀座フェニックスビル
『江戸女性の自由でぶれない生き方を学ぶ』
~江戸の女性は自分軸を持っていた。
その秘訣は着物文化にあり。~
7月24日(木)午後2時半~
江戸女性の美学~恵比寿備屋珈琲店
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7月の呼び名もいっぱい〜文月も素敵
おはようございます。
7月も半ばに入りました。
こちら関東地方も梅雨明け宣言がそろそろではないかと言われています。
そちらはいかがですか。
「土用」というのは季節ごとにありますが、
夏の土用はは立秋(今年は8月7日)の前約18日間で、
土用の丑の日に鰻を食べるようになったのは、江戸時代からです。
この由来も面白いです。後日書きますね〜。
7月の和風月名は文月(ふみづき、ふづき)です。
この呼び名の由来は、
7月7日、牽牛と織女の二星に詩歌を献ずることから、
7月に書物を虫干しする(曝書)ことから、
稲の「穂含月(ほふみづき)」や稲穂の「含月(ふくみづき)」という
稲作に結びつけることから、
こんな説から、文月と呼ばれています。
7月はほかにこんな呼び名もあります。
二つの星が会うという意味で「愛逢月」
「秋初(あきぞめ)月」
「女郎花(おみなえし)月」
「七夕月」
「七夜月」
「涼月」
「蘭月」
旧暦では7月から9月までの3ヶ月が秋なので、
「初秋」「孟秋」。
さまざまな呼び名が7月もありますね。
「端居(はしい)」といって、
夏の夕刻、軒先や窓辺など部屋の端に寄って、
涼みをしていると、こういう言葉の意味が肌で感じられそうですね。
都会ではクーラーの室外機の熱風で、窓を開けておくことはできなくなりました。
下町でも、現在のようなマンションになる前は、
窓や戸を開けて通る風を楽しんだものです。
打ち水をしたり、釣り荵も風流でした。
暑さ本番を目前にして、それぞれ快適な涼を生活に取り入れていきたいものですね。
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
涼やかな一日をお過ごしくださいませ。
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7月19日(土)
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お盆の豆知識
おはようございます。
お盆の行事は、地域によって日程がさまざまです。
江戸時代までは陰暦7月15日を中心に行われたのですが、
明治になってから太陽暦が取り入れられてからは、
新暦で行うところ、旧暦で行うところ、さらにひと月遅れの8月15日を中心に行う
ところもあって、どうも一定していないようです。
8月15日を中心に、13日の夕方から16日まで行うところが多いのではないでしょうか。
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7月1日を「地獄の釜の蓋のあく日」とか「地獄の釜の口あけ」とか
「釜蓋朔日(かまぶたついたち)」というなんて、聞いたことがありますか。
何ともちょっと怖くなるような表現です。
地獄というのは「あの世」という意味で、
精霊たちがあの世から戻ってくる季節の始まりのことを、そう呼ぶのですね。
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7月7日は「七日盆(なぬかぼん)」と呼んで、墓掃除をして盆入りする日。 旧暦では「七夕」も盆入りの行事として行われていたというのです。 東北のまつり青森地方のねぶたも七夕にちなんだ行事。 「盆踊り」もそれを慰めるための行事でした。 . 現在では七夕とお盆は全く別のもののように思われていますが、 七夕から15日ごろまでの一週間は、祖先をお呼びしてもてなすという大切な週だと、考えられていたのですね。 地域ごとの多様な祖霊のおもてなし、地域によってさまざまな趣向がこらされてきたのですね。 本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。 心優しい一日をお過ごしくださいませ。
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お盆の由来〜目連尊者の強欲ママ
おはようございます。
昨日は東京は迎え火でした。
早いもので、都心部ではお盆(毎年7月13日~16日)になります。
そして、草市が開催されました。
草市はもともとお盆に使う飾りものや盆踊りの用品を売る市でした。
夕方の薄暗くなるときに見る迎え火と草市。これもまた東京下町の風物詩の一つですね。
お盆は、仏教の魂祭(たままつり)である盂蘭盆会(うらぼんえ)、
または盂蘭盆(うらぼん)を略した言葉です。
盂蘭盆会は、釈迦の十大弟子の一人目連尊者(もくれんそんじゃ)が
母親が地獄に落ちているのを知って、
釈迦の教えに従い7月15日に多くの僧侶を招いて供養(もてなし)したところ、
母親が救われたということに由来します。
目連にとってはとても優しくていいお母さんだったのですが、
母一人で目連を養育し、教育させるために、
強欲なまでの金貸しをして、人には疎まれていたのだそうです。
目連が修行の末、得た眼力(神通力)で母親を見た時、
母は浄土に行っていると思っていたのに、
餓鬼界で苦しんでいたのを見て大変驚いたということです。
お母さんが餓鬼道で逆さ吊りにあっているなんて・・。
目連一人では母を救うことはできず、
旧暦7月15日、雨安居(うあんご)といって、雨期が明けるまで研修をしている僧侶たちにお願いして、母を餓鬼界から救ってもらったのです。
子どもにとっては優しくていいお母さんだったとしても、
他人に対して強欲で嫌われるようなことをしてはいけないという戒めでしょうか。
生きている間にどれだけ人に優しさを届けられるか、
とっても考えさせられますね。
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
優しい笑顔の一日をお過ごしくださいませ。
お中元の始まりは
おはようございます。
デパートなどではお中元の受付が始まっていますね。
古く中国では、1月15日を上元といい、7月15日を中元といい、
10月15日を下元と呼んで、お祭りを行ったそうです。
その中元の行事が日本に伝わりました。
それがお盆の行事と日も同じところから混同されて、
お盆に贈り、贈られるものがお中元といわれるようになったのです。
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お盆には、親戚や親しい者同士の間で、仏様に供える供物を贈り、
贈られたりする習慣があったのですが、
それが中元の贈り物に変化していったのですね。
更に親戚、縁者から範囲を広げて、
平素お世話になっている人々へ、お中元をするようになりました。
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現在では、お盆の供物という意味合いは全くなくなってしまいましたね。
お世話になったことへの感謝の気持ちを込めて贈るというのが
普通になっていますね。
形骸化したお中元の習慣についても、いろいろ言われていますが、
是非この方にと思う時には,心を込めてお贈りしたいですね。
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本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
笑顔で今日もお過ごしくださいませ。
木綿の心地よさ「浴衣」
おはようございます。
浴衣はこれからが本番ですね。
夏に向けてぜひ気軽に着ていただきたいですね。
木綿の肌触りの気持ちよさ、通気性のよさなどなど、味わってみると、
清々しいものです。
先日の「浴衣のたしな美講座」で、男性陣の浴衣姿はほれぼれするするようでした。
きちっと決まると、やはりいいものですね~。
もちろん女性もしっとりと、さすが大和撫子でした。

浴衣の歴史は意外と古いのです。
平安時代から始まりました。
上層階級の人たちが湯あみをするときに着用したのが始まりです。
麻の単衣の着物を着ました。
「ゆかた」は「湯帷子(ゆかたびら)」を略した名称です。
江戸時代になると、湯屋(銭湯)が発達して、湯上がりのくつろぎ着として
用いられたのです。
やがて庶民の普段着として、広まっていきました。
麻布は庶民にはまだまだ贅沢品でした。
江戸の天保の改革で、庶民にも倹約が強いられたことから、
木綿の浴衣が普及すようになったとも言われています。
それでも、庶民にとっては木綿も高価でしたから、みんな大切に着たのですね。
現代は夏の単(ひとえ)の着物として、
日中の外出時や花火大会、屋形船のお楽しみにも着用されるようになっていますね。
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
今日も笑顔の一日になりますように。
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“和のたしな美塾” 講座
7月19日(土)
天職発掘 最強天活塾 ゲスト講師として
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7月24日(木)午後2時半〜
江戸女性の美学〜恵比寿備屋珈琲店
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☆8月30日(土)午後2時〜
マナー講座(着付などの生活に役立つ)開催予定。
詳細は追ってご案内します。
浅草のほおずき市
おはようございます。
今日は、古くからの夏の風物詩、浅草のほおずき市の日です。
今日と「四万六千日」の縁日にあたる明日の二日間、浅草浅草寺の境内で市が行われます。
江戸の享保年間(1716~36)ごろから、
7月10日の観音様へのお詣りの功徳は千日分に相当する「四万六千日」と
呼ばれるようになりました。
そのご利益は4万6000日分(126年分)に相当するといわれています。
境内に数百軒の露店が出て、鉢植えのほおずきを竹籠に入れて、
風鈴を添えて売られます。
浴衣姿で団扇を片手に、娘さんたちがほおずきを買い求める姿に
夏の風情を感じますね。
持ち歩くときに、風鈴が風で揺れ、涼しげな音が奏でられることでしょう。
源頼朝が奥州征伐の帰り、浅草で部下を休ませ、日射病で倒れた兵士にほおずきを食べさせて元気づけたという言い伝えがあります。
ここからほおずき市が始まったということです。
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
今日も楽しい一日になりますように。
「ところてん」はお好きですか。
おはようございます。
トコロテンは、お好きですか。
酢醤油と辛子でいただく冷たい「トコロテン」は美味しいですね。
これからの季節、一時の清涼感に浸れる食べ物です。
トコロテンは、なぜ「心太」と書くのでしょう。
「トコロテン」という名が一般的になったのは、
江戸時代の寛永年間だそうです。
字は「心太」です。
この字「心太」。実はすごい当て字なのです。
トコロテンは日本独特の海藻製品です。
テングサ類から熱湯によって寒天質を抽出して冷やし、
ゼリー状にしたものです。
なんと、このトコロテンは、奈良時代以前から食べられていたようです。
大宝律令にも、その名前が載っているとのこと。
平安時代に「古々呂布止(ココロフト)」と呼ぶようになって、
俗に「心太」の字があてられたのです。
「ココロ」はコル・コゴル(凝る)。
「フト」は餅のような食品。
ということで「ゴリゴリ固まった餅」という意味です。
室町時代になって、この「ココロフト」が「ココロテイ」へ、
そして「ココロテン」から現在の「トコロテン」と、転化していきました。
トコロテンを「心太」と呼ぶ飛躍した発想に、大らかさが感じられますね。
テングサはトコロテンの原料であることから「トコロテングサ」と呼び、
上の「トコロ」を省略して「テングサ」と呼ばれるようになりました。
平安時代に「心太」という字が当てられ、
それが江戸時代にポピュラーになったなんて、なかなか面白いですね。
週末にトコロテンはいかがですか。

本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
今日も楽しい一日になりますように。
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“和のたしな美塾” 講座
【浴衣のたしな美&テーブルマナー】
7月7日(月)午前10:00~12:00
東京都中央区明石区民館
櫻本 ゆかりさんから男性のスキンケアのお話、
女性のワンポイントメイクアップなどをしていただきます。
お時間がありましたら、是非遊びにいらしてください。
https://www.facebook.com/events/538678939588041/
」
江戸の人が熱狂した富士講
おはようございます。
昨日7月1日は「山開きの日」でしたね。
「山開き」というと、現代はスポーツとしての登山の開始時を表わすようになりました。
「山開き」は、入山(特に霊山)が許される最初の日です。
富士山、木曽御岳、出羽月山などの霊山は、修験道の霊場だったために、
かつては民間人の立ち入りを禁じていたのですね。
ただし、夏の一定期間だけ、信仰行事として民間人の入山が許されたと言います。
富士山が世界文化遺産に登録され、
なお一層一度は登ってみたいと思いますよね。
富士山を世界遺産にするかどうかの決め手の中で、
富士山を信仰の対象とする「富士講」が大きく評価されました。
江戸中期に長谷川角行(かくぎょう)という、
人穴の修験者によって始まったとされるのが「富士講」。
江戸中心に広まりました。
その教えを発展させて、富士講の基礎を作ったのは、
食行身禄(じきぎょうみろく)だと言われています。
江戸後期には「江戸八百八町に八百八講」といわれるほど、
富士講は江戸庶民の人気を集めたのです。
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
心穏やかな一日になりますように。
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“和のたしな美塾” 講座
7月7日浴衣のたしな美
7月24日江戸女性の美学
男性はいなせに、女性はあでやかに。
両国の花火大会の由来
おはようございます。
7月は、稲穂が育つ含月(ふくみづき)とか、
七夕に詩歌を献じる文(ふみ)の月と言われます。
今日は、山開き・川開き・海開きの日ですね。
もう夏本番も間近に感じます。
.
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川開きは、川遊びをすることが許される最初の日。
両国の川開きが有名ですね。
江戸時代は旧暦5月28日から3ヶ月間は納涼期間といって、
毎日のように花火が上がり、船宿が大繁盛したそうです。
これは、享保18年(1732)から始まったということです。
この前年には大凶作で餓死者が約百万人も出てしまい、
江戸市内でもコロリ(コレラ)が大流行して、
たくさんの死者が出ました。
大変なことだったのですね。
そのため八代将軍吉宗が開催したのが
死者の魂を供養するための水神祭(すいじんさい)でした。
その時に上げられた花火が名物となって、毎年、川開きから8月いっぱい、
雨天の日以外には連日花火が上がるようになりました。
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両国の花火大会は、現在「隅田川花火大会」として引き継がれています。
夏の風物詩「隅田川花火大会」が元をたどれば、
死者の魂を供養するためのものだったのですね。
今年は浴衣を着て、団扇を片手に、花火大会に行きませんか。
浴衣のたしな美講座を7月7日に行います。
男性のために清潔感を保つポイントも伝授します。
下記をご覧ください。
本日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
今年半分の初日がスタートしました。
佳き日になりますように。
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“和のたしな美塾” 講座
【浴衣のたしな美&テーブルマナー】
7月7日(月)午前10:00~12:00
東京都中央区明石区民館
櫻本ゆかりさんから男性のスキンケアのお話、
女性のワンポイントメイクアップなどをしていただきます。
お時間がありましたら、ぜひいらしてください。
https://www.facebook.com/events/538678939588041/






































