【七十二候から】48 「水始めて涸る(みずはじめてかれる)」
【七十二候から】48
「水始めて涸る(みずはじめてかれる)」
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皆様、おはようございます。
田んぼから水を抜いて、稲刈りに取りかかる頃。
黄金色に実った稲穂を収穫する秋真っ最中です。
大雨が続き、日照時間が少なかった今年。
北海道でも野菜の収穫に打撃を受け、値段が高騰しましたね。
宮城の郷里でも、今年はお米が不作だと聞いています。
自然の力の前には何もする術もなく、ただ立ちすくむ人間。
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宮澤賢治が「アメニモマケズ」で表現しています。
ヒドリノトキハ ナミダヲナガシ
サムサノナツハ オロオロアルキ
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農家が不作によって日雇い労働をしなければならない状況を見た時、
冷夏で日照時間が短く植物が育たない時、
人はただただオロオロし、涙を流すだけです。
田の神様にひたすらお願いをして、何とか稲が実りますようにと、
ただただ祈るしかありません。
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秋の実りは格別です。
「黄金の国ジパング」は、秋の実り、田んぼの黄金色に輝くさまを言っているのだと思います。
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手間暇をかけて育てた稲をいよいよ収穫する時。
9月など、早い時期に収穫するものは「早稲(わせ)」
遅い時期に収穫するものは「晩稲(おくて)」
その中間に収穫するものは「中稲(なかて)」
収穫の喜びはひとしおです。
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どんなに人が田んぼに手をかけても、自然の力には及びません。
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稲の受粉は、これがまた神秘的です。
8月中旬ごろ、稲は白い花を咲かせます。
稲の花の開花は午前中のたった2時間ほどで、
しかも、受粉は10分から20分といわれています。
穂の先のほうから下に向けて順に5日間くらいかけて咲きます。
この短い受粉期間での受粉。
なんと神秘的でしょうか。
この最も大切なこの時期に、台風がやってきたり、海に近いところでは潮の被害があったりすると、稲は受粉できず、お米ができなくなります。
秋の収穫までを考えれば、本当に奇跡的なことなのですね。
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先人たちは、その年の豊作を田植えの時から祈り、丹精込めて水田を手入れし、お米を作ってきたのですね。
お米は八十八もの手をかけて育てるものといわれています。
いろんな行事やお祭りの中にその願いが込められています。
その心は今も変わらないですね。
新米を今年も感謝していただきましょう。
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【七十二候から】47 「蟄虫戸を坯す(すごもりのむしとをとざす)」
【七十二候から】47
「蟄虫戸を坯す(すごもりのむしとをとざす)」
皆様、おはようございます。
秋分の中候。
虫が隠れて戸をふさぐ頃。
あんなに暑かった夏から秋へ。
いつの間にか蝉の合唱から虫の合奏へと季節は移り変わりました。
虫の音、なんと耳に心地よいことでしょう。
都会暮らしをしていると、
「虫さん、ああ、よくこんな路地に来てくれたね。いい音色をありがとう。」と、
思わず心の中で虫たちに呼びかけてしまいます。
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暑さがぶり返し蒸し暑い日々が続いたと思っていたら、
気温が急に下がり、秋を肌で感じる頃になってきましたね。
そろそろ虫たちは越冬の準備を始める時期。
もうそんな季節ですか。
だれが教えたわけでもないのに、
自然界では、虫たちがあたたかい土の中で巣ごもりの支度を始めるのですね。
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この虫の音を聴くことができるのも、あともう少しなのですね。
秋の夜長の虫の音、いいものです。
チンチロ、チンチロ、チンチロリン。
リンリンリンリン、リーンリン。
キリキリ、キリキリ。
チョン、チョン、チョン、スイッチョン。
松虫、鈴虫、コオロギにウマオイ。
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日本人は、西洋人と違って、虫の音も音として聞き分けることができます。
それは、西洋人は虫の音を雑音として右脳でとらえるのに対して、
日本人は、虫の声を言語と同様に左脳でキャッチしているからです。
日本人が大自然との調和の中で、人間も自然の一部なのだと捉える生き方は、
この左脳の働きも大きく作用しているのですね。
神は、日本人をそのようにおつくりになったのです。
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今のうちに、しばし、秋の夜長、虫の音を味わってまいりましょう。
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【七十二候から】44 「鶺鴒鳴く(せきれい なく)」
【七十二候から】44
「鶺鴒鳴く(せきれいなく)」
皆様、おはようございます。
「白露」の次候。
鶺鴒(せきれい)が鳴き始める頃です。
身近に見かける可愛らしい小鳥。
でも、すばしっこくて、すぐ逃げてしまいますね。
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尾の長い小鳥、白鶺鴒(はくせきれい)が歩く時、
長くスマートな尾を上下に振りながら地面を叩くようにする仕草を
「石叩き」「岩叩き」「庭叩き」と呼んでいます。
『古今集』では、鶺鴒を「稲負鳥(いなおせどり)」と詠まれているといいます。
これは鶺鴒が鳴く頃に、人が稲を背負って家の中に入るからとか。
稲刈りの時期でもあったのですね。
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『日本書紀』にも登場する鶺鴒です。
なんと、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が結婚したものの,
どうして子を持つか分からずにいたところ、
尾を振る様子からその仕方を教えたのが鶺鴒だったというのです。
そのおかげで、二神は日本国の国生みを遂げることができたということです。
「恋教え鳥」「嫁教え鳥」という異名もあるようです。
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こうしたお話から、鶺鴒は皇室の結婚の儀にも縁が深いとか。
チチィ、チチィと鳴くこの小鳥、日本の国生みでも活躍し、
古の昔より愛されてきたのですね。
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【七十二候から】43 「草露白し」
【七十二候から】43
「草露白し(くさつゆしろし)」
皆様、おはようございます。
今日は二十四節気のうちの「白露」。
白露は、大気が冷えてきて露を結ぶ頃です。
ようやく残暑が引いていき、本格的な秋の訪れですね。
道草に降りた露が白く光って見えます。
忙しい日常の中で、そのような草を愛でるゆとりがほしいものです。
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今では忘れがちな「重陽の節句」。
「菊の節句」ともいわれます。
9月9日は「9」が重なるところから、「重陽」としてお祝いしました。
どうも現代の暦では、ピンとこないのが菊の節句。
旧暦の9月9日は、今年は、新暦で10月28日になります。
なるほど、此の頃なら、菊も咲いていますね。
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菊が咲くこの時期、菊の香りを楽しむのもいいですね。
菊は、仙境に咲く花と考えられました。
平安時代、宮中では「菊酒」を酌み交わす行事が行われたそうです。
「菊酒」を飲んで、邪気を払い、長寿を願ったのですね。
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重陽の節句の前日に、こんなこともしました。
「菊被綿(きくのきせわた)」です。
この重陽の節句の前日に、菊に綿をかぶせて香りを移し、
翌朝、露に湿った綿で顔や身体を拭いて、邪気を払いました。
枕草子や源氏物語にも「菊水」などの言葉が出ています。
優雅ですね。
菊はそんなに香り立つものだったかなあ・・と思いますね。
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いろいろなところで菊の品評会や菊人形展が開催されます。
長崎では、9月9日を「お九日(くんち)」として、
旧暦の日に収穫祭と習合して「長崎くんち」でお祝いするそうです。
季節を肌で感じる様々な行事。
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自然現象から実際の体験を通して知る「暗黙知(あんもくち)」。
江戸の人が子どもの教育にも大切にしたことです。
今こそ子どもたちに体験してほしいですね。
【七十二候から】41 「天地始めて粛し(てんち はじめてさむし)」
【七十二候から】41
「天地始めて粛し(てんち はじめてさむし)」
皆様、おはようございます。
今日は昨日とはうって変わって、爽やかな秋めいてた風を感じます。
この時期は、夏の気が落ち着いて、万物があらたまるとされています。
ちょうど台風もやってくる頃です。
前回も書きましたように、立春から数えて210日目が「二百十日」と呼ばれ、
台風がやってくる日とされていますよね。
今年は続けざまに何回も台風がやってきています。
関東以北も直撃の風雨によって交通網に影響が出ています。
外出も控えなければなりません。
また台風がやってくるという予報です。
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古い時代には、台風のことを「野分(のわき・のわけ)」と呼んでいました。
野の草を分けて吹き通る風のことをいいます。
野原を吹き渡る涼やかな風は「野風(のかぜ)」「野間風(のまかぜ)」といいます。
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吹きまよふ 野風をさむみ
秋はぎの うつりゆくか 人の心の
常康親王『古今和歌集』
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季節は秋へと移り変わり、人の心の移り変わりを「野風」になぞらえているのですね。
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「野風」とは別に、「野分」について、
台風の吹き荒れる様が「源氏物語」や「枕草子」にも記されています。
「野分」というと、なんとも柔らかな表現ですが、
台風の恐ろしさ、台風一過の状況は今も平安の時代も変わりがなかったようです。
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野分 例の年よりもおどろおどろしく
空の色変りて吹き出づ
紫式部『源氏物語』第二八帖
(花の色の美しさを愛でていると、そこに野分が、いつもの年よりも激しく、空も変わって風が吹き出しました。)
台風がくる様を「おどろおどろしく」というふうに表現しているのですね。
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野分のまたの日こそ
いみじう あわれに をかしけれ
清少納言『枕草子』第二〇〇段
(野分の吹き荒れた翌日は、大変にしみじみと胸にくるものがあります。)
これは台風が過ぎた後の様子を述べています。
台風一過、大きな木も倒れ、枝も折られ、萩や女郎花も横に倒れてしまって、その思いがけない様子に痛々しいと、述べています。
昨夜は台風のために夜もろくろく眠れなかったであろう、うら若き女性のことがその後書き綴られていきます・・。
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昨今は、テレビニュースの「台風情報」で、
大きな被害の恐ろしさだけが強調されているようにも見受けれらます。
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王朝文学から、
秋への季節の移り変わりの、何かもののあわれを
感じてみてはいかがでしょうか。
【七十二候から】40 「綿綿柎開く(わたのはなしべひらく)」
【七十二候から】40
「綿綿柎開く(わたのはなしべひらく)」
皆様、おはようございます。
今日は暑さが止むという「処暑(しょしょ)」。
もうそろそろ「二百十日」という立春から210日目がやってきます。
雷が襲来する頃とされていますが、ご存知でしたか。
昨日、再び関東以北が台風に見舞われました。
昨今の台風はゲリラ型と呼ばれる激しい台風です。
ご無事でお過ごしになりましたでしょうか。
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この処暑の初めの頃、綿(わた)の花のがく(柎・はなしべ)が開き始めるのだそうです。
そして、綿の種を包む綿毛をほぐして、綿の糸を紡ぐのです。
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写真:綿の実(蒴果・さくか)
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綿は日本の生活に欠かせないものでした。
座布団も布団も、夜具としての綿入れも。
どてら(厚く綿の入った丹前)(仙台弁で「どんぶく」)も、冬の生活には欠かせないものでした。
いつの間にか化学繊維や羽毛などに取って代わられてきましたね。
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写真:はぜた綿の実
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木綿の感触は汗ばむ季節にはもってこいです。
最近とみに若者の間で夏の木綿の浴衣が人気ですね。
もっと涼感やシャリ感を味わいたければ、綿絽や綿麻が好まれます。
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さて、日本では、
木綿は、799年に三河国にインド人によって綿の栽培がもたらされたということですが、
その後は明や朝鮮からの高価な輸入品となりました。
江戸時代中期頃に国内で綿の栽培が盛んに行われるようになったようです。
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栽培には温暖な土地が好まれ、肥沃な土地でなければならず、栽培にはお金のかかるものだったのです。
ですから、江戸庶民にはなかなか手が出るものではありませんでした。
木綿の着物を古着屋でなんとか手に入れたら、大事に大事に着たのでしょう。
新品の着物なら、車一台分の値段だったとか。
冬はその中に綿を入れて温かくし、夏場は単衣に仕立て直し、繕いをしながら着て、
ボロボロになったら、自分で雑巾やオムツにして最後まで使いきりました。
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「端切れ屋」「古裂れ屋」がやってきて買い取り、切り刻んで端切れにしてまた市場で売られたり、
「灰屋」がやってきて買い取り、燃やして灰にして、田畑の肥料や洗濯、藍染に使うためにまた売られていったり、
木綿が見事に最後まで使い切られていました。
その木綿一枚の着物が綺麗に大地に戻っていくという、大地を豊かにしていくという。
そんな循環型エコシステムを知らぬ間に作り上げていたのです。
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まだまだ大量生産、大量消費の時代の循環ビジネスが構築されている現代・・・。
そう言えば、
私の祖母なども洗い張りも上手、
母も着物仕立てが得意でした。
私たちも、お裁縫ももう一度見直さなくちゃいけませんね。
手元にある着物や帯でのリメイク講座、始めています。
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写真:「綿の実」2枚
賑町笑劇場
http://jhnet.sakura.ne.jp/meotomanzai/
【七十二候から】39 「蒙霧升降す(のうむ しょうこうす)」
【七十二候から】39
「蒙霧升降す(のうむ しょうこうす)」
皆様、おはようございます。
台風一過の後、
またもや強い雨が降り、外出には支障が出たことでしょう。
でも、大地や植物には十二分に水分が行き渡りましたもの、
今年の水不足も心配せずにすむことを祈っています。
さて、
この時期は深い霧が立ち込める頃。
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春は霞立ち、秋は霧けぶる。
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平安時代から、春は「霞」、秋は「霧」と、使い分けるようになったということです。
どちらも視界が閉ざされて遠くの景色が良く見えない状態のことをいいますね。
「霞」は気象用語としては用いられず、文学的な意味合いでの表現として使われています。
「霧」は、気象現象としては、視界1キロ未満のものが見える状態のことを指し、
1キロ以上10キロぐらいまで見える現象を「靄(もや)」と呼んでいます。
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「霞」は春の季語として、「霞たなびく」。
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澄んだ秋の月に対して、春の夜の月は「朧月」といいます。
「朧月夜」。
これもまた風流ですね。
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「霧」は秋の季語として、「霧雨(きりあめ・きりさめ)」「初秋(はつあき)霧」「夜霧」など。
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澄んだ秋の月、夜ぼんやり眺めながら、
ちょっと歌人になったつもりで、歌を詠んでみてはいかがでしょうか。
明日は満月を、来月は中秋の名月と十六夜を楽しむことができますね。
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山間部、海辺など運転の際は、霧で視界が狭くなりますので、
どうぞ十分にお気をつけくださいね。
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【七十二候から】38 「寒蝉鳴く(ひぐらし なく)」
【七十二候から】38
「寒蝉鳴く(ひぐらし なく)」
皆様、おはようございます。
先日の台風一過で、朝夕の風にもほんのり秋の風情を感じるようになりました。
都心でも、朝夕窓を開けていると、涼やかな風に生き返る思いがします。
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夕暮れのひぐらしの鳴き声や虫の合唱は、夏の終わりを告げているようです。
暑い、暑いと思っていた夏が、夢のように儚く去っていくような、
そんな思いに駆られます。
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ひぐらしは、カナカナカナ・・・、カナカナカナ・・・と、
夏の中盤から、
朝夕の比較的涼しく日差しが弱い時に鳴き始めます。
「ひぐらし」とは、日を暮れさせるという意味だとか。
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「ひぐらし」は俳句では秋の季語なのですね。
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蝉の一生は、長いようで短いものです。
枯れ枝や樹皮に産み付けられた蝉の卵は翌年の梅雨時に孵化して幼虫になり、
地中にもぐって、3年から7年もかけて、木の根から養分を吸いながら育ちます。
夏の日没後、地上に出てきて木に登り、夜中に羽化します。
天敵から身を守るためなんですね。
生まれたての蝉は翡翠色で、まるで宝石のようです。
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蝉としての寿命は数週間から1か月ほどといわれています。
成虫になって、子孫も残し、そして死んでいく・・・。
オスの蝉はメスを射止めるため、懸命に鳴き続けます。
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蝉の声が時折騒々しいなと感じられても、
彼らは精一杯の一生をおくっていることを忘れてしまわないように・・・。
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私たちも精一杯、夏の思い出を作りましょうね。
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【七十二候から】37 「涼風至る」
【七十二候から】37
「涼風至る(りょうふういたる)」
皆様、おはようございます。
立秋が過ぎたとはいえ、暑さ厳しい日々が続いていますね。
日中は暑いのですが、朝の一陣の涼しい風に秋の気配を感じる頃です。
ご挨拶は、夏の名残り、残暑見舞いとなります。
小さい秋がやってきます。
夏を惜しむ蝉の声から虫の声に次第に替わっていきますね。
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秋きぬと目にはさやかに見えねども
風の音にぞおどろかれぬる
(藤原敏行『古今和歌集』)
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立秋の日に詠んだ歌だということです。
秋がきたと目にははっきりと見えないけれども、風の音にはっと気づいたと。
平安時代の貴族は繊細な季節の変化に心ときめかせたのですね。
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秋には、鳴く虫を籠に入れてその声を楽しむ風流が貴族たちの間で流行したそうです。
江戸時代になると、秋の風情を楽しむ「虫売り」が登場してきます。
そして、風流人の間では、虫が鳴く中で俳句を作ったり、
酒を酌み交わしたりする「虫聴き」も流行したということです。
日本人ならではの、季節の楽しみ方ですね。
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「秋隣(あきとなり)」と呼ばれるこの時期。
残暑の中に、ちょっと秋の気配を感じてみませんか。
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【七十二候から】36 「大雨時行る(たいう ときどきふる)」
【七十二候から】36
「大雨時行る(たいうときどきふる)」
皆様、おはようございます。
夏の雨が、時折激しく降る頃です。
今朝も強い雨が降りましたが、パッと晴れ、雲の広がる青空が見えています。
雨後は、空も空気も晴れ晴れと気持ちがいいものですね。
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青空にむくむくと立ち上る入道雲。
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「入道雲」は雄大な積乱雲。
雲の頂が坊主頭のようにむくむくと盛り上がって見えるところから、
そう呼ばれています。
「屋根の瓦が照り返し 入道雲も上(のぼ)せつつ うろん臭げなうす笑ひ」
(高村光太郎)『道程』
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「うろん臭げな」というのは、「うさん臭げ」という意味で、
「怪しく疑わしい様子」という意味で使われているようです。
一雨欲しいところだけど、降るんだか、降らないんだか・・。
雲がうす笑いをしているようだということでしょうか。
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「坂東太郎」
関東平野を流れる利根川の異称ですが、
利根川の方向に生ずるところから、
白い雲のことをそう呼びます。
「坂東太郎は 東京にて夏の日など見ゆる 恐ろしげなる雲なり」
(幸田露伴)『雲のいろいろ』
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夏雲を恐ろしいものと捉え、「坂東太郎」という表現をしているのが、現代では新鮮に感じます。
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日本近代の詩人、小説家は、こんな風に夏の雲を表現していたのですね。
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夏は夕立も突然やってきます。
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入道雲ができて、雷とともに降ってくるにわか雨。
「驟雨(しゅうう)」
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本日も、どうぞ傘はお忘れなきように。
良き一日をお過ごしくださいませ。
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