面(オモテ)こそ能の表舞台〜No.6

ー面(オモテ)こそ能の表舞台ー

能楽師が鏡の間で面をかける瞬間、自分自身を日常の世界から切り放し、面の中に没入させる、いわば違う次元への変身の一瞬です。人は、なぜ仮面に郷愁の思いを感じるのでしょうか。

世界には様々な仮面があります。

紀元前14世紀のツタンカーメンは、黄金の仮面。
紀元前6世紀のギリシャ劇の仮面は、大型の頭からかぶる拡声装置つきのもの。
中国から渡ってきた伎楽面、舞楽面は、大陸で生まれた芸能の雄大さを有した仮面。

また、未開の民族は仮面に霊の憑りうつりを信じて、仮面そのものが悪魔や災害を祓う力を持っていると考えていました。

現代でも、お祭りや縁日で、月光仮面から仮面ライダーまで子どもたちに仮面が好まれるのも、古代人の意識が現代人の血の中に流れているのではないかと思います。

ところが、世界の仮面の中で、能面は特異な地位を占めています。

緻密で、演劇表現に優れ、しかも小振りで浅く作られているという特徴を持っています。

能面を作ることを「オモテを打つ」と言います。檜の原木を選んだときから既に面の命が宿り、魂が打ち込まれていくと言われています。世阿弥は、能面は仮面ではないということを述べています。
彼は素顔の役を「直面(ひためん)」と呼びました。
能面こそが本当の顔なのだから、自分の顔を直接能面として用いるという意識を持てということです。人が見るのではない。

面が見るのである。と、先代の金剛巌も『能と能面』でも述べています。

よく無表情の代名詞として「能面のように」と言われてますが、能面は、果たして無表情なのでしょうか。
能面には、怒りなどを極端にあらわした「瞬間表情」の能面と、漠としてとらえどころのない「中間表情」の能面の二つがあります。

女面に代表される中間表情の能面は、上演時間の前後2時間にもわたって掛けられることもありますが、見ていて飽きることはありません。あらゆる感情を含み込んだ表情に作られているからです。それを「無限表情」とも表現されます。

能面を使う基本的な技法としては、まず照らす、曇らすといのがあります。

仰向けば喜びの感情が、うつむけば悲しみの感情が表現されます。

面(オモテ)を左右に動かす演技はものを見る表現であったり、風の音、虫の音を聴く描写であったりします。一点から一点へ急激に能面を向ける、面を切る演技は、閃光のように舞台にきらめきます。

演者は舞台当日、その日の面を選びます。

幾何学的に抽象化された演技、重心を決めてゆっくり進むすり足の演技、直線裁ちの装束のデザインも、すべて能面によって導き出されたものです。

そして、当日選んだ能面がその日の演出家であり、能の表現の核になるのです。
その表現の豊かさ、深さを是非、生の舞台で体験なさってください。
(つづく)