大寒〜「寒」には不思議な力が宿る
おはようございます。
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昨日は「大寒」でした。
このところ寒いですね。
1月6日ごろ「寒入り」といって「小寒」に入り、その15日後に「大寒」となり、
「大寒」から15日後たつと寒が明けて、「立春」になるといわれています。
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「寒稽古」「寒垢離(かんごり)」「寒念仏」「寒行」など、
寒苦に耐えて心身を鍛錬する修業のことです。
柔道や剣道などの修業をする人は、寒気の厳しい寒30日間、
早朝または夜間に道場に通って、
厳しい稽古を行って心身を鍛錬します。
芸事の鍛錬をするときにもこの言葉を使います。
日本舞踊でも、寒稽古には長唄「七福神」を使います。
「七福神」という曲名に似合わず、激しい動きをするので汗をかいて体が暖かくなります。
一方で、「寒鰤」や「寒干し」「寒締め」「寒牡丹」「寒椿」など、
「寒」のつく食べ物や植物も珍重され、人気がありますね。
「寒」という言葉に、
日本人は不思議な力が宿っているということを体験から知っているのですね。
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初釜で味わう以心伝心のおもてなし
昨日の「初釜」はお天気に恵まれて、よい雰囲気を味わうことができました。
茶道の心は「和敬清寂」といわれます。
主人も客もお互いに心を穏やかに和して、つつしみ敬い、茶室のしつらえを味わい、清らかな雰囲気を大切にすることです。
茶室に入る前の外の「待ち合い」のところから、もう既に主人のおもてなしは静かに始まっています。
まさに「以心伝心」です。
にじり口から身をかがめて薄暗い茶室に入ります。
先にお軸、お花、炉、屏風などを客は拝見します。
薄暗い空間で、炭を炉に入れるお手前を拝見してお菓子をいただきます。
次第に炭とお香の香りが漂ってきます。
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次に客は部屋をいったん出て外の待ち合いに戻り、茶室に入り直しをします。
その空間には光が少し差し込み、お軸が輝きます。
そこで濃い茶をいただきます。一つの茶碗を回し飲みします。
暗さから明るさへ。
冷たさから暖かさへ。
緊張した雰囲気から和らいだ雰囲気へ。
次第に身も心も空間に融け込んでいくような感じです。
凛とした中でもその二局を体験することで、それぞれのよさが引き立ちます。
愛と悲しみ。
歓びと嘆き。
美しさと醜さ。
私たちは今生でどちらも体験することで、深い人の思いに共感ができるようになるのですね。
昨日はそんなことを初釜を味わうことができました。
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懐石料理は、禅宗の食事ととてもよく似ています。
すべては黒いお椀です。いただくものは、お刺身、野菜の煮物や焼き魚などなど。
最後にご飯を一口残しておきます。
焦げたお米の入ったお湯がやってきます。
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みそ汁椀とそのご飯のお椀に、そのお湯を注ぎます。
そこで一緒にいただくお新香でお椀の内側をきれいにしながら、
ご飯を食べきり、お椀の中味を吸いきります。
つい声を出して「終わりました」と言ってしまいますが・・。
以心伝心。
お正月遊び〜歌留多(カルタ)〜
皆様、こんにちは。
お正月の子どもたちの遊びといえば、凧揚げ、羽根つき、そして歌留多(カルタ)でしたね。
「お正月」の歌詞にも、凧揚げや独楽などが出てきますよね。
今はどれもこれも見なくなりましたね。
明治、大正時代は、お正月のカルタ会が、若い男女が楽しめる数少ない機会だったそうです。
30人ほどの若い男女が集まって、二手に分かれてカルタ会は行われました。
小倉百人一首の歌がるたを使って、源平の二手に分かれて競い合ったということです。
会場内は次第にみなが熱狂してきて、顔は紅潮し、
女性は白粉がはげてきたり、髪がほつれたり、着物が乱れたり。
会場は熱気にあふれ、歓声が上がったり、笑い声が響きました。
胸ときめかせて楽しんだカルタ会だったのですね。
明治30年代のカルタ会の様子を尾崎紅葉が『金色夜叉』でその様子を描いています。
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カルタは、もともとポルトガル語です。それが「歌留多」になりました。
カルタには、いろはガルタ、歌ガルタ、花ガルタ、トランプなどがあって、
遊びやばくちに使う絵や文字が書かれている長方形の札のことを指しています。
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小倉百人一首が歌ガルタとして使われるようになったのは江戸時代です。
歌を上の句と下の句に分けて、上句を読み上げて下句をとるという方法で、
男女が入り交じって楽しむようになりました。
百人一首が競技とされたのも、そのころです。
初めは、形も大きな字札を積み重ねたカルタを、そこに居合わせた人々が読んで、
札に合わせてただ順々にめくっていくだけの遊びでした。
カルタは、百人一首で、草書だったりいろんな書体で書かれていたものが
やがて標準カルタとして制定されていきました。
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元々は色紙に描かれていたものです。
鎌倉の歌人藤原定家が、一首ずつ嵯峨中院の障子の色紙の形と同じものに書いたのが始まりです。
嘉永元年(1235)のことでした。
藤原定家自身が古今の歌人の歌を百首選んだのですね。
どこから百種を集めたかといいますと、
古今集、新古今集、拾遺集、後拾遺集、金葉集、千載集、
新勅撰集、後撰集、続後撰集、新後撰集、詩歌集
です。
どこかで聞いたことがあるものばかりですね。
こうして並べてみると、圧巻です。
また百人一首を覚えたくなりました。
新年のご挨拶
皆様
謹んで、新年のご挨拶を申し上げます。
昨年中は大変お世話になりました。
ご家族の皆様と楽しいを正月をお迎えでしょうか。
江戸っ子も正月は骨休めと決めていたようです。
初詣は、近所の氏神様に15日の松の内までに新春のご挨拶に行く程度で、
三が日は「ただ寝るばかりが果報なり」と、
朝からお酒を酌み交わして、お節料理をつまんで、
家でごろごろ寝正月を楽しんだようです。
平成26年元旦
巳年の最後に〜お母さん、ありがとう〜
皆様、こんばんは。
私も夢を実現させたいと思い、一歩踏み出した年でした。
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郷里に戻り、雪の残る道を歩きながら、
田んぼに囲まれた宮城の土地で育ってきたことは五感が知っているものだと、
つくづく感じます。
東北の冬は寒く北風が冷たいです。本当に春が待ち遠しいものです。
幼い頃、
しばれる夜に布団の中でかじかんだ手や足を自分の肌の温もりで温めてくれた母の温もり。
「母の無償の愛」の素晴らしさで胸がいっぱいになったところで、
今年は締めくくらせていただきます。
巳年ちゃん、今年はありがとう。
さようなら。
断・捨・離〜2013年の終わりに
2013年もあっという間に師走を迎え、
信じられないぐ
あともう少し、今年も一日一日を大切に過ごしたいですね。
そこで、一緒に断捨離(だんしゃり)を行いませんか。
断捨離とは、部屋の整理整頓と共に、ものへの執着から解
身軽で快適な人生を手に入れようという考え方に
それと一緒に、心の断捨離も行いたいものです。
潜在意識の中にある不用品、
例えばネガティブな感情など
自分の人生をスムーズに、よりよい生き
捨てれば、得るものも大きいから
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無意識に流れている感情を意識的にながめ、
決して抑圧し
ありのまま認めてあげて、
その
例えば、これが「ああ、自分を認めてほしかったのだ」と
「認められなくても、私は私のま
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自分の感情に罪悪感を持ったりせず、認めてあげる、そし
それだけで、心の断捨離はしやすくなります。
決して罪悪感を持ってはいけないのです。
その感情の出どころを理解することです。
その感情をまた自分の奥に再び押し込めないで、認めてあげる。
無理にそれがどうして沸き上がってくる感情なのか、
突き止めようとしたり、その問題を抱えていることに密かに誇りを持ったりしていると、
同じような問題をまた引き起こしたりしていまいます。
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要は、淡々とその感情を感じている自分を客観的に見て、
あれこれ深く考えずに手放してしまうことが望ましいのです。
慌てることもありません。
カチンと自分にスイッチが入るときを待つことも必要です。
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今年もあとわずかですね。
ちょっと立ち止まって、心も身辺も整理してみませんか。
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浅草の「羽子板市」
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江戸情緒ある歌舞伎の絵柄に加えて、話題の社会風刺、時事や人気タレントなどを題材にした変わり種羽子板など多彩な作品が販売されます。
私の英語版ホームページのトップページに載せている羽子板もこの浅草の「羽子板市」で買ったものです。
当時、3000円で購入しました。
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日舞の舞台前の総ざらいのお稽古の帰り、もう市が閉まる寸前でしたので、安くしていただきました。「藤娘」の羽子板です。日本舞踊を代表する演目の一つですね。
思い出の羽子板になりました。
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新島八重の「寂中庵」への思い
皆様、おはようございます。
いろいろ励ましのお言葉をいただきまして、ありがとうございました。
やっと元気を取り戻してきました。
「夢は枯れ野を駆け巡る」の心境でここ4、5日過ごしていました。
あれもしたい、これもしたいと思うだけで、体が思うように動きませんでした。
病気になると、いつまでこれが続くのか先行きが見えない不透明さとともに、健康でいたときに体を乱暴に扱っていたことへの申し訳なさ、頑張ってくれていたことへの感謝の思いが交錯してくるものですね。
身体は大切にしないといけませんね。
皆様も、どうぞお気を付けてお過ごしくださいね。
NHK大河ドラマ『八重の桜』が最終回を迎えましたね。
時代は欧米列強と肩を並べる富国強兵の時代、大国との戦争の時代へと突入していきました。
そして、兄覚馬、前会津藩主松平容保、そして、夫新島襄を、実母をと、次々と亡くしていきます。
「みいんな、いなぐなって、しまったあ・・」と、涙で語る八重。
だれにでも必ずやってくる身近な人たちとの別れ。
夫襄の死後、心を潤したのは茶の湯だったのですね。
そこには、心の安寧を得ることができる世界があったのだと思います。
同志社の理事大澤善助から、娘に茶道を教えてほしいと頼まれたことがきっかけで、自宅の一室を改造して茶室を作りました。
裏千家第13代の千宗室(円能斎)が、「和敬清寂」という茶の湯の真髄の四文字から「寂」という字をとって、そこは「寂中庵」と命名されました。
「和」とは、とらわれの心から開放され、和らいで混じり合うこと。
「敬」とは、敬い尊敬すること。
「清」とは、あらゆる対立を超越した清らかな心。
「寂」とは、「空」や「無」の境涯のこと。あらゆる対立を超越してこそ得られる不動の心と言えるでしょう。
主客相互が職業や地位、貴賤などを超えて、尊敬し、認め合うこと。
赤十字の看護婦として先頭に立って陣頭指揮した八重にとって、命とは敵も味方もない、尊い存在そのものであったのです。
日本が国意を高揚させながら戦いに向っていく様は、見ていてさぞ辛かっただろうと思います。
明治維新に伴う大名家の廃止などによって茶道は廃れていったようですが、八重が茶室「寂中庵」を開いて、女性に茶道を教え始めたため、裏千家は女性の間に広まっていったそうです。
女性の品格や知性、教養を磨くことこそ大切であり、それが社会を、世界を変えていくと、考えていたのでしょう。私も共感できます。
1890年(明治23年)には茶名「新島宗竹」を許され、女性では最高位にあたる裏千家の師範にまで上り詰めました。
「会津のおなご」の誇りを生涯持ち続け、最後まで「わだすは、あきらめねえ」の精神で生き抜いた女性の生き様は、学ぶべきところがたくさんあります。
時代も生き方も全く異なる現代ですが、
私たちも人生の最期まで、あきらめないで夢を追い続け、生きていきたい、そう願っています。
おもてなしの極意を広報誌「Smile」が紹介
キャリアデザイン能力認定協会を運営する、
株式会社ZAC発行の広報誌「Smile」の
「輝く女性」コーナーに、私の記事を掲載していただきました。
この広報誌は、株式会社ZACのクライアント企業や個人会員の方限定に向けて発行しているものです。
全国に笑顔の和を広げていきたいというメッセージが込められています。
私が書かせていただいたコーナーは、
個人経営者、各業界で活躍されている方、未来の起業家など、
輝いている女性をご紹介するコーナーということです。
このコーナーへの投稿のきっかけは、
私が学んでいる講座、株式会社ZACの銀座ロイヤルスクールの、
マナースマイル教室の三上絢愛先生からお話をいただいたことです。
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三上先生との個人レッスンは毎回とても楽しく、
ちょっとした合間にお顔を見ながらお話することでとても癒され、
話が終わらなくなるほどです。
昨年からずっと続けてこられたのは、先生の教えてくださることはもちろんのこと、
お人柄によるところがとても大きいですね。
自分の隠れた魅力を引き出してもらえる、そんな喜びも毎回感じています。
私がこの教室に通い始めて大きく変わっていく姿をぜひ多くの人に知ってほしいと、
いつも三上先生はおっしゃっていました。
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この記事は次の質問事項に答える形で書いています。
1 現在の目標は何ですか。
2 どのような毎日の生活をしていれば、美が保てるのですか。
3 おもてなしの心で一番大切にしていることは何ですか。
4 読者の皆さんへのメッセージ。
記事の内容は以下のとおりです。♡
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http://derivejapan.com/voice/smile/
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男心と秋の空
今日は11月の2日目ですね。
(陰暦10月)は、陽気が春のようで温かいことから、「小春(こはる)」と
呼ばれています。
漁師さんたちの言葉。
「秋の空は一日七度変わる」
低気圧と高気圧が日本の上空で交互に入れ替わるために、お天気が変わりやすいからこういう現象が起きるということですね。
秋の空は晴れていたかと思うと、突然曇ったり、急に雨が降ったりするので、海の男たちは警戒したのです。
よく言われるのは「女心と秋の空」。
女の心は七変化。つかみどころがないということでしょうか。
でも、最近は「男心と秋の空」ともいう人がいますが、いかがですか。