能のリズム〜No.5

ー能の謡のリズムー

パリで能楽を上演したとき、若い音楽家たちが「やられた」と叫んだそうです。

五線譜に束縛されない、指揮者によって統率されることもない、それぞれの内的リズムのぶつけ合いによる新しい音楽を作りたいと、彼らは考えていたのです。

パリの音楽家たちが考えていたことを、能楽は何百年も前からやってきたのです。
能の謡は、西洋音楽や歌舞伎、他の邦楽とは違う独特のものです。

能の謡と囃子は八拍子という八つのリズムを基本にします。

八拍子のそれぞれの間は、等間隔ではなく、一拍一拍が独創的な間で、謡とリズムがそれぞれ自己主張しつつ、変化し、しかも調和を乱さないのだそうです。繰り返しはしない、いつもが真剣勝負というところに能の面白さと芸術性があります。能の発声は、腹から出る力強い声で、舌や喉ぼとけを押し下げるような特殊な発声法を用い、これは他の邦楽や西洋音楽にもないものです。女性の役でも、歌舞伎の女形とは違い、男性的な声で最高の女性美を表現しようとします。

能の演技者は、歌唱者も同時にこなします。まるでオペラとバレエが一緒になったようなものです。シテとワキは、独唱者あるいは斉唱者です。地謡(じうたい)は、6人ないし12人の斉唱者、コーラス隊です。

能の掛け声は、楽器の演奏と同じ重さで、重要な演奏になると、掛け声の比重は80パーセントにも及びます。能の囃子が複雑な演奏、例えば心理描写を指揮者なしで可能にしているのは、この掛け声が大変重要な役割を担っているからなのです。

能では、4つの楽器が使われます。

笛(能管)・・演奏者の即興的な演奏法による。旋律よりリズムを吹く。
小鼓・・世界でもっと音色の美しい微妙を極める打楽器。
大鼓(おおつづみ・おおかわ)・・男性的な強い音色、小鼓との調和。
太鼓・・神、鬼、精などの超人的な役を舞台に呼び出す、主に舞台後半に登場。
能楽の楽器の音色は大脳皮質を響かせる一種の高周波の音楽だとも言われています。
最後に、イギリスの名作曲家、ベンジャミン・ブリッテンが能の『隅田川』を見て感動したときの言葉をご紹介します。

そのすべてが私におそろしいほどの印象を与えた。

簡素で心にふれる物語。様式の簡潔さ。
所作の緩慢ななかに秘められている激しいもの。
演技者の驚嘆すべき妙技と統制力。
美しい衣装。詠唱。語りおよび歌唱の融合。
それは3つの楽器とともに、不思議な音楽を構成している。

それはまったく新しいオペラ的な体験であった。

能楽は、知れば知るほど、この魅力から離れられなくなりそうですね。
(つづく)