お天道様と米の飯はついてまわる

お米は日本人が大切にしてきた特別な食べ物です。

 

江戸時代、ちょうど3000万人ぐらいの人口だった1720年から1860年の間は、太陽のエネルギーだけでちゃんと自給自足ができていたそうです。

 

3000万人ぐらいの人口なら、太陽エネルギーだけで生きていけたのですね。

 

今は1億2600万人以上の人口を抱え、もう江戸と同じようにはいかなくなりました。

 

すべてが急激に変化してしまい、太陽への恩恵もさほど感じなくなってきたように思います。太陽以外のエネルギーが生み出され、たくさん消費されています。

人々の価値観も変わりました。
2013-11-23 09.06.18

今でもお米には日本人にとって、特別な思いがある食べ物です。

 

お米だけではなく、わらの用途にもこんなバリエーションがあったのです。

 

今では、わらが余り出ない品種改良がされていますが、江戸時代には、わらがなるべく多くとれる品種づくりをしていました。

 

それはなぜだったのでしょうか。

 

わらの用途の半分が堆厩肥(たいきゅうひ)、3割が燃料、あとの2割がわら製品だったのです。

 

わら製品には、敷物、履物、米そのものを詰める俵、都市江戸でも男の履物としてのわらじや草履などがありました。

 

このリサイクルには目を見張るものがあります。

 

燃料は燃やすとわら灰になって、農家は田畑に肥料として入れたり、灰を買う商売の人、灰買い屋が来て、紙すきだとか、釉薬(うわぐすり)にもしました。

 

はきつぶしたわらじや草履は、町の辻に捨てる集積所があり、それもまた堆肥にしたり、お風呂屋さんが燃料にしたりしました。

 

毎年とれるお米とわらを合わせた1000トン近くが、1年たつと綺麗に再利用されて、無くなるのです。その循環に使われているのは太陽のエネルギーだけでした。

 

 

今年も新米をいただきながら、丹精込めてつくってくださった方々に感謝をしつつ、お天道様にもお礼を心の中で述べたいですね。