おはようございます。
江戸時代に誕生した「江戸切子」、そして薩摩藩によって創始された「薩摩切子」。
これらは製法が似ているといわれています。
実は、それもそのはず。見ていきたいと思います。
「江戸切子」は、
江戸で作られた切子ガラスです。
ガラスの製造販売にあたっていた加賀屋の手代文五郎が大坂で修業した後、
1834年、南蛮人が持ってきたガラス製品の表面に金剛砂を用いて細工をしたのが
切子の始まりだそうです。
彼はその後、加賀屋久兵衛を名乗り、
江戸大伝馬町でビイドロ(当時のガラス)問屋を営んでいたところ、
1853年ペリーの注文によって切子瓶を作ったと言われています。
腕のいい職人さんだったのですね。
「薩摩切子」は、
江戸切子と同じころ、19世紀中頃に、島津斉興(なりおき)が
江戸のガラス職人、加賀屋久兵衛の親戚の四本亀次郎を招いて、
薬瓶を作らせたことに始まるそうです。
その後、島津斉彬(なりあきら)の代に紅色透明ガラスが発明されて、
薩摩の紅色ガラスとして有名になったということです。
島津斉彬は、城内で、ガラス職人四本亀次郎に紅ガラスの製法を研究させ、
何百回もの実験の後、銅による紅ガラスの製造に成功したのです。
粘り強さと精密さを兼ね備えている、さすが日本の職人、やりましたね。
根気のいるすごい発明だったのですね。
かなり高価なものだったようです。
江戸切子を作った職人の親戚が薩摩切子にかかわったということは、
江戸切子と薩摩切子は兄弟のようなものなのですね。
明日もこのお話の続きをしたいと思っています。
本日もお読みくださいまして、ありがとうございました。
今宵、仕事が終わった後、ガラス器で冷たいものをぜひ味わってくださいね。
幸多き一日をお過ごしくださいませ。
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