かけつけ三杯〜火事と喧嘩は江戸の花

おはようございます。

木蓮の 落ちくだけあり 寂光土 (川端茅舎)

 

はらはらと、白い木蓮の花びらが散っていくように、亡くなった方々も心穏やかな浄土に逝かれますように。

そういう思いが込められた句でしょうか。

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江戸時代、江戸の町は火事、地震、洪水、飢饉などの大災害や天災に遭遇しました。

地震といえば、幕末、ペリーの黒船来航後の安政江戸大地震(1855年)が挙げられます。

 

更に、冬場の坂東の空っ風にあおられて何度も火災にみまわれました。

特に大きな火事と言えば、ロンドン大火やローマ大火と並び世界三大大火の一つ、

明暦の大火(めいれきのたいか・1657年)が挙げられます。

明暦の大火
明暦の大火を描いた 戸火事図巻(田代幸春画、1814年)

 

大地震も大火事も一夜にして人生を一変させてしまうものです。

東日本大震災からはや三年。

復興や原発の対策について、もどかしさを感じている人も多いのではないでしょうか。

 

江戸の町では、その教訓を活かして、幕府も大店も寺社も士民が一丸となって災害に立ち向かい、

よりよい町づくりをしていくという自治の精神も生まれていきました。

 

「困ったときはお互いさま」を合言葉として、

「自分にできることはどんなに小さいことでもやろう」という気概も育っていったのです。

自分が人のお役に立っている、自分も人に生かされているということを実感として生きたのだと思うのです。

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「火事と喧嘩は江戸の花」という言葉は有名ですね。

それもそのはず。三年に一回は火事で焼け出されるという状況だったようです。

頻繁に起こる火事のために、江戸の商家の火事対策はよくされていたそうです。

火が出て見舞客が駆けつけてくると、酒食を用意しておいて、それをふるまったのです。

「かけつけ三杯」という言葉は、この江戸の火事場の習慣から生まれた言葉です。

 

「かけつけ三杯」

この言葉、今では宴会に遅れてきた人に、罰として続けざまにお酒を三杯飲ませるという意味で使われていますが、江戸の火事に由来があったのですね。

 

大火事にみまわれても、心の余裕を失わずに人々のお役に立とうとした心意気。

そして、助け合いや互助精神。大変な状況の中で、互いに命を尊んで生きて、生きて、生き抜いた。

火事場の馬鹿力とは、本当はそういうものなのでしょう。

 

 

本日もお読みくださいまして、ありがとうございました。

被災地で暮らす方々の幸せを祈りながら、今日は過ごしたい思います。

 

 

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