『曾根崎心中』〜大阪の観客が見たものは〜

人形浄瑠璃 文楽『曾根崎心中』

元禄16年(1703)4月。大坂は天神の森で情死がありました。

男は内本町の醤油屋の手代で徳兵衛。女は北の新地の遊女でお初。

それぞれ互いに結婚話が持ち込まれ、加えて徳兵衛には冤罪も着せられ、

それゆえの心中でした。

大坂ではこの心中事件が人の口の端にのぼるほど、噂は広がっていたのです。

近松門左衛門は、この大事件をそのまま同名で浄瑠璃にしました。

心中事件から15日後、大坂道頓堀の竹本座で、竹本義太夫の語りで上演されました。当時、現代劇なんて、見たことがない時代。
空前の大当たりとなりました。
以後、この「世話物」というシリーズが続々と生まれていきます。
この「世話物」の主人公は、金も力もない普通の庶民の男たち。
大坂の人々は、一体どんな思いでこの『曽根崎心中』を観たのでしょうか。

女性、殊に遊女は男性を救うという観音信仰がありました。

出だしの部分は「観音廻り」。お初が大坂33か所の札所廻りをする道行から始まります。観音様がお初を救い、お初が徳兵衛を救うという暗示が込められています。

次に、二人が死に至るまでのいきさつや事実が語られます。
最後に、再び二人が死への旅路の道行をたどるという構成です。

観客はこの心中事件のあらましを知っています。食い入るように見たことでしょう。

舞台にまず、お初が現れ、観客は観音様の到来を見を見ます。
加えて、お初の人形を通して、生身の人間の霊魂(憑坐・よりまし)を見るのです。(現在、この部分は上演されていないそうです。)

次に、二人の死を決意するまでの事実や心の動きを知ります。
観客は、二人の人生を見て、嘆き、悲しみに浸り、カタルシスをも体験します。

最後に、二人が死へと旅立つ姿を、生々しく再現されるのを見ます。

観客はこのいきさつの一部始終を見て、中には数珠を手に持って成仏を祈った人もあるほどでした。

この作品は一つの宗教儀礼としての貴重な作品とも言われているのです・・。

是非、機会があれば、ご覧になってみてください。

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